第17話虎の後継たらんと

 武田義信、今回の敵の総大将でありこの奇襲戦を成功させるには彼の首をとるぐらいしか道はないのだが。


 「昌信、やれるか?」


隣にいる、昌信に声をかける、だいぶ負担が大きかったのだろう、息切れが激しくフラフラと頼りない足取りで立ち上がる。


 「なんとか、ですが居合の反動で少しばかり思うように身体が動こうとしません。勝頼様は大丈夫でございますか?」


「あぁ、大丈夫だがこれで俺達は……」


それ以上は俺の口からはとてもでは無いが言えなかった。当初の目的は敵本陣の混乱とあわよくば桶狭間の再現ができるのであればぐらいだったがやはり予想以上にキツかった。


 それに昌信の居合のスキルと逃げ弾正をあわせたカウンター居合でやっと一撃を与えることができたのだがあまり効いていないようだ。


 「どうした?、早く次の手はあるのか?」


 「あると言ったらどうなるんですか?」


「いや、この程度では困るのだよ四郎よ。わしが死んだ後武田を父上の代わりに継いでおきながらあの体たらく、一体お前は何を見てきたのかと一番近くにいながら後継者なら学べる事はたくさんあったハズだ」


(「これは飛んだ八つ当たりだな、俺があの時どんな立場だったのかをまったくわかって無いようだな兄上は……」)


ふつふつと沸騰し始めるお湯のように義信が怒りをあらわにするが、俺自身も同じようなものにかられてしまう。


 「何も、知らないのですか?兄上は……いや、知っているハズですよね。俺に武田の通字である、信の字を与えてもらっていたでは無いですか、俺は諏訪勝頼として生きて兄上を助けると決めたのに!あながくだらない事をおこさなければこんな事にはならなかった!!」


言葉が溢れ出てしまう、それは死人に言うべき事ではない事だがここでは生者だ、関係ない。今まで溜めてしまったこのドス黒い感情を吐かなければいつ伝えることができようか。


 「フン、だがお前は武田を継ぐ事を辞退しなかったのは何故だ?自分の立場をわかっているのだろう?当主代行殿」


悪辣すぎる相手の挑発だとすぐに看破できたが、ここで俺も挑発すると返って状況が悪くなってしまうだろう。どうするすべきか?


 「………………」



「フン、やはりこの程度の事に何も言えないとはやはり出来損ないの弟だと言うべきだったようだな父上もこんな息子に託せなかったことに内心どう思われていたのか知りたいものだッグゴホッ!!」


「えっ!」


散々煽り倒していた義信が一瞬のうちに地面にめり込みながらふきどばされていた。抉れた地面はちょっとした堀ができそうなぐらい深い。


 いつも間にか、誰かが立っているその姿を俺は知っている、背は俺より低いのに威厳に満ちた立ち振る舞いまさに将とはこうあるべきだと語っているような小さい男の事を覚えている。だが今、目の前に彼とは違うが彼と同じ赤備えを着た、凛々しい彼女がそこにいるのだ。


 「さっきから、うちの大将の事をよくもこんなにしてくれたわね。アンタ殺される準備はできているのかしら」


女の子とは思えない程の低い声を出している、俺は彼女が怒っている姿を初めて見る。


 「てか、カッツン後で説教だからねよくも私にあんな拘束魔法までしてくれてね」


「あそこまでしないとお前はすぐ飛び出しそうと思ったわけだがな。そのかいあって、奇襲作戦も第一段階は成功したのだけどな」


「あら、そうなの?でもここまでボロボロになっているのは何故かしら?」


「仕方ないだろう、敵の総大将とやり合っていたんだこうにでもなるだろうに、それに俺達は初戦からあんな化け物相手にしたんだ。褒められるべきだと思うのだけどな」


 「まぁ、そう言うことにしといてあげるから」


彼女は槍を吹き飛ばした義信に向け。


 「ここからは私がやるから、安心して」


短くも自信に満ちた笑顔を俺に向ける


「冗談じゃない、やるなら俺達もだ。これは俺達の過去との決着をつけるためだ。そうだろ?」


無言にうなづき立ち上がる昌信を見て、俺も立ち上がり昌景に並ぶ。


 過去の亡霊を振り払う為に新しい形の武田を始める為に。


 





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