第11話武田当主として…

 

 魔王、この世界にはあの信長以外にそう呼ばれる大名みたいなのいるらしい。少し大名とは違うらしく俺達の国で言うところの将軍に近い。


 どうやらこの国は帝国と魔王、二人の将軍による争いが繰り広げられているようだ。まるで南北朝時代と同じ状況なのだと、俺は思ってしまう。


 その魔王軍とやら、今回大軍を率いて現在俺達がいる街にまで近づいてきている情報が入ったのだ。

 

 さらに厄介な事に風林火山の旗印があるのだから困り果てしまう。


 「(一体、誰が……他にもこの世界に来ている奴らがいるのか?)」


仮にそうだとしても、俺は彼等と正面からやりあえるのだろうか?、長篠で死んだ奴等だったら俺はなんて言えばいいのか。


 

 少しずつ忘れようとしていた、後悔や不甲斐なさが津波の様に心に襲い掛かり、次第に弱々しくなっていく。


 「殿……」


短く、労わる様な声が聞こえて振り返るとそこには昌信がいた。どうやら勝手に部屋に入ってきたらしい。


 「どうした?、急にこんな朝はやくから」


俺の問いには答えず昌信は部屋から出るように促す。


 「もう、皆さん揃っておられます。どうやら事態は相当切迫しているようですね」


 「そうか」


考えても仕方ないと思っているが、どうしても胸がざわついてしまう。昨日、任してくれと言った建前行かなければならない。


 無理矢理体を奮い立たせて立ち上がり、部屋から出て行こうと動く足がとまる。


 「いったい、どういうつもりなんだ?お前」


何故か、部屋の出口の前に立ち動こうとしない昌信に少し苛立ちを覚えてしまう。いままでこんな事はしなかったのに。


 「殿、このまま逃げるのもありですぞ」


思ってもいなかった事に俺は目を大きく見開いてしまう。一瞬冗談を言っているのかと思ったがそうではないらしい。若返ったといっても、そもそもの振る舞いは老いたままの時と変わりはない。一切の迷いのない澄んだ目を俺は何度も見てきている。


 「何故、この時になって言うのだ。昌信よその意味を知っているのだろうな」


武田の当主の時代、誰もそんな事は言ってはくるなかった。当主の繋ぎとしての責務を果たせと無言の命令が俺に届いていると思い、誰にも心の内を曝け出せる場所がなかった。誰も聞こうともしなかったのに今更。


 「あの時は、誰も俺に対して気にかけてくれる言葉もなかったのに今更になって、そんな事を!」


頭では冷静でいても昔にされた仕打ちを嫌でも思い出し怒りが込み上げてくる。一旦言葉をきる。


 「あの時の事に対して許してくれとは申すことはございません。この罪は亡き信玄公と私達かし家臣のものでございます」


昌信は、少しだけ目を逸らす。彼なりにあの言葉には意味があったのだろうとおもう。何が俺を傷つけることを知っているはずなのに


「もう、武田に縛られる事はなくなりました。ですが殿はまた無茶な厄介ごとに首をつっこみました。

 私はもう充分あなたが尽くしてくれたと思っております。ですからご自身の本当にやりたいことをして欲しいと思っております」


言い終わると同時に深々と頭を下げる昌信。昔の様な威厳がない代わりに凛々しさが出ているような感じがする。

 

 「(あぁ、こいつも……)」


彼なりに悩んでいた事にやっと気づく、信玄という武田にとってなくてはならない人がなくなった。

 

彼等にとって新しい信玄に代わる人が必要であったのだから、だがそれがあまりにも特殊過ぎた生い立ちをしてしまっている俺しかいなかったのだ。どう接していいかわからなかったのだろうと思う。それが俺を傷つけていた事を知らずに。

 

だがやっとの事で昌信だけがわかってくれたのだ。でもあまりにも遅過ぎてしまっている。

 確かにこんな事は思うべきでは無かったが、もう少し早ければ、俺は頑張りすぎる事はしなかったと思し、長篠での事も無かったのかも知れない。


 もう過ぎてしまった事なのだから、無くなったものは帰らないだが、俺は……。


 「ありがとう、昌信だがこれは俺が決めた意志なんだ。山県、馬場、内藤、まるで似てないが偶然とは思えない。だからこそ俺は彼女等を守る為にもう一度やって見ようと思う」


「そうでしたか、ならば私からは言う事はありますまい。存分に活躍してくださいませ」


「あぁ、今度はしくじらない様にだな」



短く、告げるとすぐに部屋から出て行く。もう間違えたりはしない様にする。武田家当主として相応しい生き方は考えずに、唯自分が目指す武田当主としてのあり方を目指すとする。


 


 


  








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