第8話 ルナールの短杖

 目を覚ますとベッドの中にいた。

 ルナールは疑問を覚えつつ体を起こして周囲を見渡す。

 机の上は少し散らかっており、昨日のまま放置されている。


(……ああ、杖を作ってたんだった)


 窓の外からは日差しが差し込んでいる。眩しいと感じつつ、ルナールは目を擦ってベッドから出た。

 二度寝をしないのは作業がまた途中だったからだ。


(……感覚が残っている間に終わらせないと)


 メンドクサイのが苦手で出来るだけ楽な手段を選びたがるルナールだが、一度熱中したもの……特に好きなものに関しては時間を忘れるほどの集中をみせる。

 途中まで本気でやったのに「や~めた」なんて放り出したくない。昨日の夜は中途半端な所で終わってしまったから完成させたい。

 ルナールはそう思っていた。


(たしか、こんな感じだったはず……。伸ばして重ねる)


 一度感覚を捉えたからか、昨日よりも宝石の変化がスムーズに行えている。

 ルビーとサファイアの二層の板に、更にアメジストやエメラルドなどの宝石も加えていく。

 次に五つ目の宝石を加えようとするが、その手はクラリスに止められる。


「もう行かないと講義に遅れるわよ。あとは学園でやったほうがいいわ」

「……ん」


 荷物を片付けてルナールは支度を整えた。

 ここで完成させてもいいが、学園なら手本を見ながら作成できる。

 イメージも固まっているため、ルナールは鞄を持ってクラリスの後に続いた。




「――さて、今日も杖の製作じゃな。昨日と同様、やりたいようにやるとよい」


 四人が集まっているのを確認して、ジョン・ソンは講義の開始を宣言する。それと同時に四人は杖作りを再開した。


(…………む!? あの少女、ルナールか。昨日の夜にあそこまで進めるとは、なんという才能……そして気力。変化の魔術は白の十八番……独学で修得したとは思えぬが……まさか、魔力操作だけで成し遂げるとは)


 一人だけ魔宝石の作成を順調に進めているルナールに、ジョン・ソンは驚愕した。

 本来、触媒としての杖の製作には専用の魔術を用いる。宝石の形状を変化させる魔術だ。


 緻密に練られた術式で瞬く間に魔宝石へと加工させる魔術は、作成者専用の触媒を作るために開発された魔術であり、従来の消費魔力の十分の一で数倍もの効率を誇っている。


 それを使わずに従来の手法に辿り着き、しかも四つも変化させ終えている。


(まさしく天才じゃ。いや、それすら陳腐な表現になるの。蒼の塔のグリージャが秘蔵っ子と呼ぶのも頷ける)


 五つ目、六つ目、七つ目の宝石も変化させ、一つの帯状の塊にしたルナールは、最後の宝石に手を出した。

 真っ黒に輝く宝石、ブラックオニキスだ。


 七色の魔宝石でブラックオニキスを包み、同じように多量の魔力で押しつぶすように変化させる。

 なぜこれで変化するのか、原理は分からない。出来たからやっているだけだからだ。


 出来ているならいい。今はとにかく完成させたい。

 そして、体内魔力が体感で三割になった時、八色の魔宝石は完成した。


(――まだ終わってない)


 そう、まだ終わっていない。

 むしろ杖作りはここからが本番だ。


(宝石と枝を一つにする。くっつけるんじゃなくて、融合させる)


 昨日完成させた杖の原形を手に取り、再び魔力を流して変形させる。

 他の三人は宝石を加工し終えたルナールに驚いたが、杖の原形を滅茶苦茶な形にする様子に困惑する様子を見せた。


(そもそも、手に持つのなら不便すぎる。片手が埋まってると他のことがやりにくいし、魔術を使うときに一々手に取るなんてメンドクサイ)


 瞼を閉じ、アインナッシュの杖を想像する。

 彼の杖は手の内側にあった。骨と癒着し、その異質ながらも同化している魔力は肘まで続いていた……ように視える。


(さすがにアレは無理かな……。でも)


 ぐにゃぐにゃと不定形な姿になった杖の原形の中に、ルナールは自分の右手を突っ込んだ。

 魔力操作を左手から右手に切り替え、そこに魔宝石を加える。


 杖の原形と、魔宝石と、術者の肉体。

 黒系統の魔術を知らず、修めてもいないルナールは、自身に融合させることは出来ない。

 だから、彼女は融合ではなく纏わせることを選んだ。

 装飾品のように、衣服のように、両手を空けておくために最適な形を選んだ。


「ほぅ……素晴らしく、そして斬新な発想じゃな。杖という固定観念から外れたことを、まずは賞賛しよう」


 ジョン・ソンはその杖を見て賞賛を送った。


 フィンガーレス・グローブとレース・グローブを合わせたような見た目のそれは、枝を型とし細い魔宝石の帯が模様を描いて包んでいた。

 魔宝石の帯は中指に通された指環から、円環を描きながら時に交差し、前腕の中間までに至っている。


 貴族が自らを飾り立てるための装飾品にも似ているが、その本質は触媒としての杖であることに代わりはない。

 手に持たず、然して常に身に付ける杖。


「……完成した、ました」


 いつも通りに話そうとして、アインナッシュから注意されたのを思い出したルナールは、とってつけたような敬語になってしまった。

 だがジョン・ソンの気分は害されておらず、むしろ若者の才能を見て喜んでいる。


「…………?」


 それから日が暮れ、他の三人も一色だけなら魔宝石に変化させるまでに至った。


(ルナールは才能の怪物じゃな。大部分は感覚とイメージに依っているが、潜在的な資質は君主レベル)


 第一級魔術師にも比肩するとジョン・ソンは彼女を評価した。


(グレーシュは平凡だが飲み込みがよいの。特に、手本がすぐに身に付けられる。ルナールの次に魔宝石を作りおった)


 グレーシュ……門の試験をルナールの気まぐれのお陰で合格し、残り四つの試験にも食らいついてギリギリ突破した少女だ。

 才能という点では他三人に遠く及ばないが、手本さえあればすぐに身に付ける飲み込みの早さには、ジョン・ソンも目を見張るものがあった。


(レインは才能はあるが、少々頭が固いの。光を扱う魔術は強力じゃから、柔軟な発想が求められる機会に恵まれなかったとみる)


 才能はあるものの、元から強力な魔術を使えていたせいで柔軟な発想に欠けるレインに、ジョン・ソンは今後に期待という形で評価を下す。


(最後にミスルじゃが……あれはなんじゃ? 才能はあるように見えるが、ばらつきが酷いの。基礎は出来ておるし魔力制御も問題はなかったのじゃが……ある意味一番の問題児かもしれんの)


 ミスル・ミス゠テイクへの評価は複雑なものだった。ジョン・ソンからすると筆舌に尽くしがたい謎の存在が、ミスルという少年への評価だ。


(……ともかく、明日には全員完成しそうじゃの。一昨年の天才が霞んで見える才能ばかりじゃ)

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