第7話 ルナールの杖作り
宝石は枝と違って乾燥させる必要が無い。
だが、魔力が浸透しないのは枝と同じで、まずはこれをどうにかしなければならない。
(……魔力が通るようにする。それが杖作りに必須の過程なのは分かった。けど、宝石はどうすれば変化するんだろう)
ルナールの持つ知識の中に石を変化させるものは無かった。
植物が成長し枯れる様は何度も見たが、石は不変で在り続けたからだ。
何年も何十年も変わらぬ姿で鎮座する岩。数百年以上聳え続ける山々。どれだけ世代が変わっても宝飾品は現存し、大地からは削る以外の加工が不可能な宝が採掘される。
数千度の熱を加えれば岩だろうと宝石だろうと、結合が解け液体に変ずるのだが、それはルナールが知る由も無いことだ。
今必要なのは、宝石を魔力で溶かす手法のみ。
(今期の生徒は筋がいいの。たった一時間で杖の原形を完成させおった。他の三人も問題なさそうじゃ。アインナッシュが豊作と言っていたのも頷ける。さて……魔宝石は何日掛かるかの……)
悪戦苦闘する生徒を観察し、ジョン・ソンは彼らの評価を上方修正する。予想よりも枝を終わらせるのが早い。
そして、それでも杖は完成しないだろうと考えていた。
二年前、当時もっとも優秀だったクラリス・デュ゠シャルドネでさえ枝に二日、魔宝石に四日掛かっているのだ。
それより優秀だったとしても、一日二日では完成しないだろう。
「――そこまで。もう日が暮れ始めておる。熱中するのはよいが、これ以上は負担になるだけじゃ。持ち帰って練習するのはよいが、くれぐれも体調を崩さぬよう、気を付けるのじゃぞ」
ジョン・ソンが退出し、部屋の空気が軟化する。
四人は揃って大きく息を吐き、ぐったりとした様子で背もたれに体を預けるか、机にうつ伏せた。
「まさか……ここまで大変だとは、思わなかったな」
「同室の先輩は困った顔するばかりで何も言わなかったけど、こんなに大変なら知っていても知らなくても同じかなぁ」
「触媒の製作は、大変だ……」
継続的に長時間魔力を消費し続けたので、元々の魔力量が多いルナールも疲弊している。
もう言葉を発することすら億劫に感じていた。
(宝石……石……変化……どうやって……?)
頭の中では同じ疑問が繰り返される。
メンドクサイと思いつつ、課題をこなすためにも思索を続ける。これを熟せなければ、次の講義が始まらないからだ。
ずっと留まっているわけにもいかないので部屋を退出する。
先程まで魔力を通そうといじくり回していた宝石と、作成した杖の原形も一緒に持ち帰る。
そして寮に戻ろうと廊下を進み角を曲がると……
「うわぁっ! びっくりしたぁ……」
先頭を歩いていた少女がびくんと跳ねた。その視線の先には、壁に長椅子の天板を押し付けた全身鎧がある。
中身ががらんどうだと言うのに、人が入っているみたいに天板を支えている。
これが、ジョン・ソンが講義の最初に使用した魔術なのだろう。離れた場所にあるモノを操作する魔術。
この全身鎧を動かし、廊下の端に置いてあった長椅子を持ち上げさせて、勢いよく壁に叩きつけたのだろう。
(これ……魔力が殆ど無い。なのに魔術が維持されてる。あんなに少ない魔力でもこんな魔術が使えるんだ)
ルナールは鎧に掛けられた魔術を視て、その精巧さに感嘆した。
これまでの人生で一度も視たことが無い、最も美麗で精巧な、美しい魔術だからだ。
試験の際に視た試験官の魔術より更に綺麗な術式に、ルナールは興味を持った。
どんな魔術なのか、どのような編み方がされているのか気になり、ルナールは術式をもっとよく観察する。
術式の奥、成り立たせている根幹を探ろうとして――
「まだ早い」
「ぐぇ」
後ろから首根っこを掴まれ止められた。
振り返れば、そこにはアインナッシュが不機嫌な顔で佇んでいる。
「興味を持つのはいいが、杖も持たずに他人の魔術を覗くのは感心しないな。特にこうゆう魔術は、カウンターを混ぜるモノだからな」
彼が指を鳴らすと、全身鎧を支えていた魔術は霧散し、長椅子も鎧も大きな音を立てて崩れ落ちた。
「ほら、さっさと帰れ。どうせ続きがしたいんだろ?」
しっしっ、と手を振り、アインナッシュが踵を返す。
ルナール達はその足で寮に戻り、食堂で腹を満たして部屋に閉じ籠もる。
「……杖の形は決まってない。あの人の杖は手の中に在った」
まだクラリスが帰ってきていないので、だだっ広い部屋でルナールは考えを纏めるために呟く。
アインナッシュが指を鳴らした瞬間、彼女の眼は手の内側にある杖を視た。
ほんの一瞬だったが、その一瞬で杖の形は自由なのだとルナールは確信を持ったのだ。
(杖のイメージはだいたい決まってる。でも、アレで使えるならもっと自由に弄れるはず)
まず杖の原形に魔力を通し、その形を再度整える。
手に持って装備するのではなく、衣服のように身に付けるモノとして作り直す。
(問題はこっち。宝石をどうやって変化させるか……。あの人の杖に宝石みたいな形は無かった……はず)
一瞬しか視えなかったが、宝石のように特徴的な形があれば分かる。
どうしよう、どうしよう、と悩み続けていると、扉ががちゃりと開かれた。
「あら、もう帰ってきてたのね。杖はどう?」
「……今作ってる」
「……みたいね。そんなに魔力を使ってたら体調を崩すわよ?」
「あとちょっと……」
顔も向けずに集中するルナールに、クラリスは苦笑する。
まるで二年前の自分みたいだ、と。
(情熱は無いと思ってたけど、めんどくさがりなだけで興味をそそられたら熱中するみたいね)
『根本的に駄目な人だ』という評価を少し変え、クラリスは後輩の邪魔をしないよう静かに自分の課題を熟す。
それから夜が更け、そろそろ就寝しようかと思い始める頃になって、ルナールはクラリスに質問した。
「ねぇ、クラリスの杖見せて」
「いいけど、続きは明日にしたら? もう寝る時間よ」
「あとちょっと……あとちょっとで出来そうだから」
上目遣いでお願いされては、クラリスも譲歩せざるを得なかった。
「三〇分ね。それ以上続けるようなら片付けるから」
「ん」
クラリスは自分の杖を渡した。
彼女も宝石の加工で躓き、先輩達の杖を幾つも観察してようやく手がかりを得たのだ。自分の杖が後輩の成長の助けになるのは、嬉しいことである。
(色は赤だけど、奥の方に違う色がある……混ざってるんじゃなくて重なっている? 黒と紫……ううん、これは蒼だ)
観察の結果わかったのは、クラリスの杖の宝石は赤をベースに黒色と蒼色が重なるように混ざっていることだった。
(重なる……きっとこれが重要。溶かして混ぜるのは不可能なんだ)
アインナッシュの杖も思い浮かべて、ルナールは自分の宝石に魔力を流していく。
とうぜんのように宝石は魔力を弾いているが、今はそれでよかった。
ルナールは自分の魔力を宝石に纏わせるようにして、力一杯に宝石を押し付ける。と同時に横にも伸びるよう念を込めた。
何も変わらないまま五分経過し、一〇分経ち、二〇分を過ぎた頃になってようやく手応えを感じる。
僅かに宝石の形が歪んだのだ。
これ幸いと流す魔力を著しく増やして、宝石を伸ばすように魔力で押しつぶした。
ぱちぱち、と小さな拍手が送られる。
「一日目でここまでやれるって、ルナールは天才なのね」
それは心からの賞賛であり、魔力切れで眠るように突っ伏したルナールを讃えるものだ。
クラリスは彼女を抱き上げてベッドに運ぶ。もちろんルナールのベッドにだ。
杖作りはまだ終わらない。
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