第6話 魔術学園一日目
翌日の朝。
ルナールは窓から差し込む光で目を覚ましたが、薄い布団の中で温もりを求め二度寝しようとする。
しかし、それを察したクラリスが彼女から布団を剥ぎ取り、無理やり支度をさせた。
「今日は専攻する分野を決めないといけないんだから、朝から中央棟に行かないといけないのよ。あとバッジの受け取りとか杖のこともあるし」
ちなみに制服というものは無い。魔術師はバッジとローブで身分を示すからだ。
「杖……?」
「そうよ。用意された素材の中から自分で選んだ作るの」
クラリス曰く、最初の講義で作ることになる杖はそこそこの性能にしかならないが、学園にいる間は必須となるらしい。
ルナールはこれまで感覚で魔術を行使してきたが、杖があるとより効率良く魔術を行使できるらしい。
(効率……どのくらい効果あるんだろ)
寝起きのぼんやりとした頭で、魔術に消費する魔力が減れば疲労感も減るのかなと考える。
支度を整えた二人は荷物を持って中央棟に向かった。
ルナールは着の身着のままで、お小遣いが入っている財布しか持っていない。
クラリスは腰に短杖を差し、胸元にバッジを付け、肩掛けの鞄を装備している。
中央棟一階から真っ直ぐ廊下を進み、突き当たりを左に曲がってからすぐの部屋にルナールは案内された。
「私は別の部屋だから、杖作り頑張ってね!」
それだけ言ってクラリスは奥の階段を登っていく。
残されたルナールは扉を開いて部屋に入る。
部屋の中には教師らしき人物が教卓で佇んでおり、傍には何種類もの木の枝が整理された状態で置かれている。
「……おやおや、一番乗りとは元気があっていいのぅ」
元気じゃない、無理やり起こされたから今すぐ寝たい。
……そう思ったが口に出す寸前で堪える。
自分はもう魔術学園の生徒で、講義を真面目に受けないと苦労してしまうと分かっているから大人しく現状を受け入れているのだ。
「――全員揃ったようじゃのう」
立派な顎髭を撫でて教師は部屋を見渡す。
この部屋は建物の中央に位置するため、壁に掛けられた光源だけでは薄暗く感じる。
机の上に置く為のランタンが人数分用意されているのが、それでも限界がある。
「最初に名乗っておこうかの。わしは紫の塔所属の三級魔術師、ジョン・ソンじゃ。専門は妨害魔術じゃが、杖の作成も得意としておる。なにか質問は?」
「はい! 杖ってどのくらい効果があるんですか!?」
ジョン・ソンはその質問にゆっくりと頷き、自身の杖を取り出した。
「杖は触媒とも呼ばれる、補助具の一種じゃ。魔力の色や量、そして回路の質がそれぞれ違うように、適した杖も人によって異なる。わしの杖は魔力消費を抑え、より遠くへ魔力を届かせる調整を加えておる。例えば……《
ガタッ! と部屋の後ろで音がなる。だが、顔を向けても何も変化が無い。
「帰りにでも廊下を見るといい。何が起きたか分かるじゃろう」
その口ぶりはまるで、壁を挟んだ向こう側で魔術を起動させたようだ。
いや、実際そうなのだ。詳しい仕組みはルナールには分からないが、杖から放たれた魔力は壁を貫通していた。
「普通はこんな芸当できん。じゃが杖を用いることで、より繊細に、より多彩に魔術を扱える。覚えておくように」
間に障害があろうと魔術を行使できるのは、魅力的であると同時に恐ろしいことである。
「――さて、肝心の杖の材料じゃが、わしが用意した材木と宝石を使うと良い。どれも一般的なものじゃが、種類によっては産地が限られておるからの。色々試すのも一興じゃ」
彼が杖を振るうと、用意された素材はぱらぱらと浮かび上がり、生徒達の手元に整頓されていく。
サイズ的に短杖用なのだろう。どれも二〇から三〇センチの長さに揃えられている。
「時間制限は無いからの、各々自由に始めてよし」
肝心の杖の作り方について説明がされないまま、杖作りがスタートする。
始めてよし、と言われても困惑するばかりだ。
「あの、どうやって作れば……」
「思いつく限りのことを試しなさい」
「詳しい手順は教えてくれないのですか?」
「……」
にこり、とジョン・ソンは微笑んだ。それが肯定であることは一目瞭然だ。
(手順は無し、ヒントも無し。やりたいようにやればいいのかな)
少し悩んで、ルナールは一つの枝を手に持ってみる。
それは軽く、しなりがある枝だった。色は純白、表面にまだら模様。
試しに魔力を流してみても、表面を流れるだけで浸透する気配が無い。
(宝石はどうだろ)
代わりに手に取ったのは一粒のサファイア。親指ほどの小さな粒だが透明度は高い。
これも魔力は浸透しない。
他の枝や宝石にも試してみたが、どれも同じ結果だった。
「…………どうすりゃいいんだよコレ」
ボソリと呟かれる独り言と、枝と宝石が擦れる僅かな音が部屋に響く。
(みんな苦戦してるみたい……。あれ? そういえば……)
ふとクラリスの短杖を思い出す。
彼女の短杖はどんな色だったか、嵌め込まれていた宝石は何色だったか。
観察していないので朧気だが、一色では無かった気がする。
(――混ぜる? でもどうやって?)
ここにある宝石は単色ばかりで、枝もそれぞれ特徴が異なる。
硬い枝、柔らかい枝、しならない枝、よくしなる枝。
まるで手折ってきたばかりのようだ。
(……水分が邪魔してるのかな。とりあえず乾燥させてみよう)
ルナールは実家でよく使っていた、ベッドの湿り気をなくす魔術を起動してみる。
すると枝からはじんわりと水分が滲みだし、少しだけ魔力が通るようになった。
これがきっと正解だ。
そう思ったルナールは全ての枝から水分を飛ばし、魔力を流し始める。糸を撚り合わせるように、枝を魔力で成型していく。
魔力はかなり消費しているが、的の試験で使った魔術に比べれば少ない方だ。
小一時間ほどかけて成型を終えたルナールは、手元に残った杖の原型を見て満足する。
そして、次は宝石に着手し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます