第5話 学生寮

 数日後、ルナールが泊まっている宿に手紙が届く。

 手紙の内容は、入学手続きが完了したので学園の寮に引っ越すよう催促するものだった。

 ちなみに入学金は親戚がすでに支払い済みである。


「…………」


 手紙に同封されていた地図を頼りに寮に辿り着いたルナールだったが、玄関の上にデカデカと掲げられた横幕の、『新入生大歓迎! 地獄へようこそ!』の文言に思わずジト目になる。


(これは冗談なのかな。それとも地獄みたいに厳しいのかな。……検査のことがあるから後者な気がする)


 ちょっと後悔し始めたルナールであった。


 ♢


「ほら急いで! 今期の新入生は四人いるんだから準備しないと!」

「実験器具片付けるから待ってぇ」

「ちょっとレポート書いてから……」

「そんなの後でいいから! 横幕倉庫から持ってきて! あと花買ってこないと! 夕食も豪華にしたいから食材も!」


 パンパンと手を叩きながら、楽しみすぎて空回りしかけている少女が急かす。やる気満々で鼻息も荒い。

 普段から他の生徒を気にかけ、ことある事に絡もうとする圧倒的陽のオーラを纏う彼女は、今期の入学生が四人もいることに興奮しているのだ。


 例年通りならせいぜい一人か二人しか合格しないのに、維持と根性で食らいついた者がいる。

 興味と、それから自分が入学してから初めての後輩ということもあり、自分がされて嬉しいサプライズをしようと画策していた。


 ……そしてそのサプライズは、一人に呆れられ、三人を困惑させた。


 ♢


「……喜ぶと思ったんだもん」


 時は戻り現在、サプライズの主犯は床に正座して項垂れていた。


 『地獄へようこそ!』と書かれた横幕に、街中の店で手当り次第に買い漁ってきた花束の数々。それから山積みのミートパイ。

 ルナールだけでなく、他三人も呆れるのは仕方ないだろう。


「だって……だって、初めての後輩なんだもん……。講義厳しいから少しでも楽しい思い出作ってあげたくて……」


 ちなみに彼女、入学してから二年間後輩がいない。合格者ゼロが八回も続いたせいだ。

 それもあって余計に興奮していたのだろう。


(メンドクサイ……)

(どうすればいいのかなこの人……)

(……僕の部屋はどこだろう)

(気まずい……)


 四者四様に呆れと困惑を抱え、正座する先輩を横目に部屋へと案内されていく。


 学生寮は三階建てであり、敷地も相まって部屋がなかなかに広い。

 自然と荷物が多くなる魔術師でも相部屋にしないと持て余してしまう、と表現すれば分かるだろうか。

 一階の殆どが共有スペースであるにも関わらず、だ。


 そしてこの学生寮は西棟と東棟で男女が分けられており、西が男子で東が女子となっている。

 片方からもう片方に移動するには一階を経由しなければならない構造のため、人目を忍んで侵入するのはほぼ不可能だ。


 ――ルナールが案内されたのは、三階の角部屋だった。

 陽当たり良好、風通しはとうぜん良く、上の階からの騒音も無い。

 備え付けのベッドにはふかふかのシーツが敷かれており、とてもよい寝心地を得られるだろう。


「ふわふわ……ふかふか……!」


 一瞬で語彙が貧相になるルナール。

 ペタペタをカーペットを触り、ベッドを触り、腰掛け、布団を被ろうとした時、


「――人のベッドで勝手に寝ちゃだめに決まってるでしょ!」


 サプライズの主犯であり、先程まで項垂れていた先輩が部屋に突撃して来た。

 彼女はルナールを捕まえると、もう一つのベッドに連行する。

 そちらはとても質素なベッドであり、とてもではないが安眠できるとは思えない。


「…………」

「そんな顔しても使わせてあげないわよ。自分で稼いで買いなさい」


 それはルナールにとってとても辛く厳しいことである。

 しょんぼりと項垂れ、ちらちら振り返りながらもう一つのベッドに腰掛ける。

 想像通りの硬い感触に悲しみを覚えるが、目の前の先輩はこんなことで甘やかしてくれる性格ではなさそうなので、ルナールは仕方ないと諦めた。


「学園では五級魔術師として扱われるから、お金を稼ぐ手段はいくらでもあるわよ。魔術の才能によるけど、一月でオルトリンデ金貨で二〇枚も稼ぐ人だっているんだから」


 オルトリンデ金貨は三種類ある金貨の中で最も金の含有率が高い、価値のある金貨だ。額は他二種と比べると二割増しになる。

 ちなみにスルーズ金貨、ヒルド金貨はこれより価値が低いとされているが、普及率はどちらもオルトリンデ金貨の二倍以上だ。


「うへぇ……」


 労働という言葉が脳裏を過ぎり、思わず嫌な顔をするルナール。


「……はあ」


 そしてその態度から、「ああ、この人は根本的に駄目なタイプの人間だ」と直感で理解してしまった先輩。

 入学できたのだから才能はあるのだろうが、熱意も情熱も無い、自堕落に過ごしたいだけの駄目人間だと察せてしまう。


 それでもこれから、最低でも二年は同室で過ごすことになるのだから、彼女はルナールと少しでも仲良くしようと心掛ける。

 まずは自己紹介から……そう思って声を掛けた。


「ねえ、自己紹介しない? これから同室で過ごすのだもの」

「……いいけど、私は貴女の国の慣習を知らないよ?」

「ここは学園都市だもの、私の故郷の慣習は無視して大丈夫よ。あと、バッジの色で目上かどうか判別できるから覚えておくように」


 彼女の胸元に付いているバッジは黒で縁取られた赤いものである。

 この宝石の色は最も向いている魔術傾向の色であり、ふちの黒色は二年目を表している。


「私はクラリス・デュ゠シャルドネ。ランパード帝国出身よ」

「ルナール。性はヴルシュタイン……だったと思う。使ってないから覚えてない」

「ヴルシュタイン……今は西のパンサラッサに併合された小国の王族の性ね。併合されたのはだいぶ昔のことだから、名乗っても問題無いわよ」

「合ってるかどうか分からないから使わないと思う……」


 それから二人は……主にクラリスが質問攻めしてルナールが答えるだけだったが……雑談を交わす。

 今までどんなところで過ごしていたのか、得意な魔術は何か、魔術傾向は何色だったか。

 ルナールはメンドクサイと思いつつ、暫く同じ部屋で生活するのだから、覚えている範囲で少し真面目に答えた。

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