第4話 魔術傾向の検査

 契約書へのサインを終えたルナールは、男に連れられて魔術学園の中央棟を訪れた。

 中央棟は魔術学園を運営する組織、魔塔連盟が直接管理している建物であり、研究や調査のための様々な設備が整えられてる。

 魔術傾向の検査をするための道具も、魔塔連盟が製作し調整を続けている代物だ。


「――俺だ、黒の塔のアインナッシュだ。入学希望者の検査をするために来たが、設備は今使えるか?」


 中央棟に入り受付で名を述べた男は用件を述べる。だが、受付に人はおらず、代わりに在るのは一冊の本だけだった。

 その本は独りでに開き、ぱらぱらとページを捲る。

 アインナッシュは提示されたページを確認すると、「すぐ使う。割り込みでいいから入れておいてくれ」と言った。


「……あれは何?」

「見ての通りの本だ。設備の使用状況だったり、予約だったり、諸々の受付業務を自動で熟してくれる魔術具だ」


 アインナッシュはこの本は魔術師が製作した道具……魔術具であるとルナールに伝えた。

 この魔術具は、常識を知る者からすれば――そもそも詳しい理論や体系を理解せず独学で魔術を扱っていたルナールにはさっぱりだったが――、その常識を壊しかねない代物である。


 とはいえ、第一級魔術師の腕があればいくらでも量産できる品だ。

 ルナールでも込められた魔術の表層だけは読み取れていた。


「そろそろ検査室に着くが、その口調はなんとかならないか?」

「………………畏まりました。以後気を付けます」

「……そこまで堅苦しい必要はない。ですます口調でじゅうぶんだ」

「分かりました」


 メンドクサイと思いながら、溜息だけはつかずに口調を変えたルナール。

 美麗な筆記体を修めていたことから相応の知識はあるのだとアインナッシュは考えていたが、下級貴族相当の言い回しを覚えているとは思っていなかったので、もしや教育に関しては貴族並みのものを受けてきたのではと思う。


 実際は母親が持っていた本で覚えただけで、教育なんてこれっぽっちも受けていなかったが。


「――あら、アインナッシュじゃない。入学希望者?」

「ああ。通知はいってると思うが、それが終わったら使わせてくれ」


 アインナッシュに案内された部屋は、床や壁が真っ白な部屋だった。

 そこでは最低限の面積しか隠せない衣服の上からローブを羽織った、痴女かと思うほど露出の高い女性が、棒状の小さな容器に収められた血液を順番に装置に入れて解析しメモを取る作業が行われていた。


「……それは何をしているんですか?」

「サンプルよ。不特定多数の魔術師と非魔術師の血液を検査して、魔術の……特に、回路の数を調べて統計を取っているの」


 つまりは実験であり研究ということだ。

 このように、中央棟の設備は正規の魔術師のために存在している。

 今まさに容器を取り替えている彼女も、魔術師だからこそ使用を許可されているのだ。


「興味ある?」

「……いえ、ぜんぜん」


 そう言いながら、ルナールの目線は棚に並べられた容器に向けられている。

 棚には大きめの……心臓程度の臓器なら入るだろう透明な容器が陳列されており、幾つかは実際に臓器が入っていた。


 臓器の種類や形は異なるが、共通点として表面に規則的な線が走っている。

 それは回路と呼ばれるものであり、魔力を血液のように全身に流す役割を持つ。この回路を通って魔力は全身を巡り、この回路があるからこそ魔術師は魔術を行使できるのだ。

 しかし、その数はまちまちで、数本しかない場合もあれば、二〇以上走っている場合もある。


「……回路は才能よ。細かいことは講義で聴きなさい。さ、キリのいいところまで終わったから、検査を始めましょうか」


 装置から容器を取り外した彼女はルナールに座るよう促し、左腕の肌を見せた状態で台の上に置くように言う。


「……なぜ拘束するのですか?」

「そりゃあ、暴れないように決まってるでしょ。痛いし熱いけど我慢してね」


 彼女はルナールを椅子に拘束すると、円環状の装置で手首と肘を囲う。そして先程まで血液に混ぜていた黄色い薬品を筆で塗りつけた。


「……なにを――~~~~~~ッ!?」


 何が起きるのか疑問を持った直後、途轍もない激痛と火傷しそうなほどの熱が迸る。

 それは皮膚の内側で熱せられた刃が暴れているような感覚であり、見事な手際で加えさせられた布が無ければ、ルナールは自身の歯を噛み砕いてしまっただろう。


 声にならない叫び声が漏れる。ガタガタと痛みから逃げようと反射的に暴れ回る。

 けれど拘束によってそれは叶わず、ルナールは涙とチカチカする視界で何も見えなくなった。


「……よし、よし、見えてきた!」

「どうだ?」

「回路は多そう。太さはまちまち……けど細すぎるのは無いかな。色は蒼、紫、紅で、僅かに金。割合は蒼が七、紫二、紅一ってところかな。才能の塊だね」

「黒があれば俺の講義を受けさせたかったが……こればかりは仕方ないか」

「私としては碧が無いのが残念かな」


 激痛で暴れ回るルナールを余所に、二人は検査を続行しながら雑談をしている。

 だが、それらは雑音にしか聞こえず、何がどうなっているのかルナールには理解できない。


 ――やがて激痛が鳴りを潜め、何十分にも感じられた苦痛が終わる。

 咄嗟に左腕を確認したルナールだが、腕は嘘のようになんともなかった。


「びっくりしたでしょ? 痛すぎて誰も協力してくれないから、サンプルでしか実験できないんだけど、入学希望者だけは絶対に受けないといけないから絶好の機会なんだよね」


 怪しい笑みを浮かべ、ぐへへと聞こえそうな様相の痴女から逃げるルナール。

 思わずアインナッシュの背中に隠れたのは、仕方ないと言えるだろう。


「……ちゃんと検査はできたから。魔術傾向は蒼が一番、次点で紫と紅、血のにじむ努力をすれば金も可能性はある……かもしれない、って感じよ」

「蒼……?」

「そう、蒼。魔術陣の作成と保存を得意とする色よ。でも――」

「蒼で二級以上になった魔術師の前例は無い。魔術を事前に保存して必要な時に取り出す性質から、どれだけ優れた回路があっても他の色の下位互換にしかならないからだ」


 回路の数と質が優秀でも、魔術傾向が蒼の魔術師は出世できない。これは魔術師なら誰もが知っている。

 なぜなら、蒼の魔術師が必死に魔術を開発しても、他の魔術師なら同じ魔術をそれ以上の規模で行使できるからだ。

 回路の性質が攻撃を不得意たらしめる故に、蒼の魔術師は戦闘以外の活用を求めて研究している。


 だが、出世とかどうでもいいルナールからすれば、何を言われようが「……ふーん」としか思えない。

 魔術は便利なモノ、それ以上でもそれ以下でも無い。

 だから独学かつ感覚で魔術の基礎を修めたし、魔術学園に入学するよう強制された時も、メンドクサイと思いつつ従った。


「……どうでもいいって顔ね」

「実際、優秀なやつほど常識を破壊していくからな。やりたいようにやればいい」

「まあ、検査は終わったからあとは手続きが終わるのを待つだけよ。数日もしないうちに学園名義で手紙が届くはずよ」


 それからちょっとした雑談を一方的に聞かされてから、ルナールは一人で宿へ戻った。

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