第3話 入学手続き
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……蒼の塔を纏めている三人の魔術師、その一人である老人は、送られてきた試験結果を見て満足そうに頷いた。
手元の資料には、全ての試験を成績トップでパスしたルナールという少女の試験結果が綴られている。
門の試験、精密な魔力操作と観察眼により突破。
的の試験、魔術陣の複数同時展開と他者の魔術の利用により突破。
学の試験、カンニングしたのではというレベルの模範解答により突破。
力の試験、単独で準三級相当の魔物を討伐し突破。
心の試験、二級魔術師の魔力放出を楽々乗り越え突破。
計五つの試験をパスした、魔術師として天賦の才を持つ少女。
蒼の塔に所属する準二級魔術師……この資料を見ている老人の孫であり、彼以上の才能を受け継いだ秘蔵っ子。
称号を得ることも夢では無い、と感じるほどの才に溢れていたため、彼が娘夫婦を説得して学園都市に送るよう仕向けたのだ。
「独学で魔術を修得し、更には同時展開すら行える演算能力。間違いなく天才じゃな」
一人ほくそ笑みながら、老人は紅茶を啜る。
いずれ来たる、自身の魔術を継承させる日を楽しみにしながら。
♢
全ての試練を終えたルナールは、都市内の民宿に泊まっていた。
試験をパス出来たかどうかはその場で分かるが、入学に関する諸々の手続きは数日
先になるらしい。
そのため、ルナールは一先ず宿をとって自堕落に過ごしているのだ。
「あぁ~、何もしないって最高ぅ~……」
ベッドでうつ伏せになりながら、幸せそうな顔で独りごちる。
風邪をひかないよう布団を被っているせいもあり、食事とシャワー以外はぬくぬくと快適なベッドの中にいた。
――とんとんとん、と扉がノックされる。
どうぞぉ~と気の抜けた返事をすると、向こう側から鍵を開けて欲しいと男性の声で頼まれた。
鍵を開けられるのは宿泊者と、宿を経営している老夫婦だけであるため、当然の要望である。
布団から出たくない。でも鍵は開けないと……。
このどうでもいい葛藤を解決するために、ルナールは頭を捻らせた。そしてすぐに解決策を思いつく。
魔術を使えばいいじゃん、と。
「《
パパッと魔術陣を展開し、遠隔で解錠する魔術をルナールは起動した。
扉の鍵が外されたことを確認した男は、ぎぃぃぃ……と軋む扉を開いて部屋へと入る。
「失礼、入学について幾つか――」
そして、布団に包まっているルナールを視認して絶句した。
まさかこんな状態にも関わらず鍵を開けたのか? と衝撃を受け、成人前の少女が無防備すぎるだろうを頭を抱える。
魔術師だってある程度の常識ぐらい持ち合わせているし、これまでの入学者は真面目な者が多かった。だが、男はこんな自堕落な入学予定者とは始めて出会った。
とても真面目とは思えない態度であり、本当にあの才能を見せつけた少女と同一人物なのかと疑うほど。
だがどれだけ疑ってみても同一人物であることは間違いなく、男は重たい溜息をつくハメになった。
「…………それで、入学についてだが、幾つかの書類にサインをしてもらう必要がある。そのあと魔術傾向の検査をするため一度学園の中央棟に来てもらう」
「ん、分かった」
「まずはこれだ。ペンとインクはこちらで用意している」
丸められた羊皮紙を備え付けの机に広げられ、その隣に羽根ペンとインク壺が置かれる。
ルナールは渋々ベッドから降りて文面を確認した。
内容を要約すると、
・魔術学園に入学する際、入学希望者はオルトリンデ金貨一〇枚を支払うこと。
・入学希望者は自身の魔術傾向について検査を行うこと。
・入学希望者は在学中は五級魔術師として扱われることを承諾すること。
これが一枚目の、入学前に同意しなければならない条項である。
オルトリンデ金貨はこの世でもっとも価値が安定している金貨であり、数が多く信頼性が高いため各国で使用されていく硬貨だ。
田舎であれば一年は楽して暮らせる金額を、魔術学園は入学希望者に支払うよう求めている。
・入学後、学園生は年の二回行われる試験をパスしなければならない。
・パス出来なかった場合、期間中に追試をパスしなければならない。出来なければ留年とする。
・学園生は講義に出席し単位を取得しなければならない。取得単位数が規定を下回った場合は留年とする。
・学園生は年に一度、都市外での実戦訓練に参加しなければならない。
・学園生は年に一度、論文を書き上げ提出しなければならない。
・学園生は年に一度、塔主催の合同演習に参加しなければならない。
・学園生は年内にオルトリンデ金貨五〇枚を学園に支払わなければならない。これを毎年の義務とし、支払えければ退学とする。
これが二枚目の内容であり、七番目の支払い義務はかなり厳しいものと言える。
毎年五〇枚、入学した年なら計六〇枚もの大金を支払わなければ退学になってしまうからだ。
・試験のパス、実戦訓練への参加、論文の提出、合同演習への参加、合計で一〇点の合格を得たうえで単位を必要数取得した学園生は卒業と見做し、塔への立ち入りが許可される。
そして三枚目の内容はこうである。
この文面から分かるとおり、卒業するためには試験などで合格しなければならず、最短で二年、最長で五年もの月日が掛かるのだ。
早く卒業できれば、その分だけ支払わなければいけない金額は少なくなる。だが、それは困難だろう。
試験は合格が必須だが、実戦訓練、論文、合同演習の三つはほぼ合格がもらえないからである。
これは教鞭を執る魔術師ですら達成が難しいことで有名なので、仕方がないと言える。
「サインすればいいの?」
「ああ、そうだ。サインしなかった場合は入学の意思が無いと見做すので、今後学園と塔に立ち入ることは出来ないぞ」
「……そう。分かった」
さらさらとサインを書くルナール。その字はとても達筆であり、論文や貴族の手紙でしか使われないような筆記体であった。
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