第2話 的の試験

 学園に辿り着いたルナールが案内されたのは、固められた土が露出している訓練場と、バラバラに配置された幾つかの的であった。


「他の希望者が到着するまでちょっと待っててねぇ〜」


 ふわふわした印象を受ける魔術師がルナールの頭を撫でながらそう言う。

 彼女もまた試験官らしいが、とても門の試験を担当していた彼と同じ生き物とは思えない。


 やがて、ぱたぱたと擬音が聞こえてきそうな走りで少女が第二の試験場にやって来る。ルナールが懐中時計を投げて寄こした少女だ。

 その後ろには、複雑な表情を浮かべてやってくる少年もいる。


 二人とも懐中時計を壊してしまったために失格となりかけた者だ。

 ルナールの気まぐれがなければ、あのまま故郷に帰るしかなかっただろう。


「あの、ありがとうございました! おかげでもう一度挑戦することが出来ました! それと、お手本みたいなでした!」

「……僕も、ありがとう。自信は崩れてしまったけど、やれるだけやってみるよ」

「………………そう」


 メンドクサ……と思いながら、口には出さず相槌を返す。

 ただ、態度までは隠す気がないらしい。素っ気ない返答をされて二人は困った顔をしている。


 それから小一時間ほど待っていると、門で試験を行っていた魔術師が悠々とやって来た。

 彼がやって来るまでに数名……そう、たった数名だけが試験を突破してきている。


 五〇は超えていただろう入学希望者の、一割ちょっとしかいない。


「門の試験は〜?」

「残りは見込み無しだ。始めていいぞ」

「は〜い。――じゃ、列になって並んで。ハリー!」


 パンパンと手を鳴らし急がせる女性。先程とは打って変わって厳しい態度だ。

 ルナールは最後方に……観察しつつ、なるべく楽をするために一番後ろに並んだ。


「試験の説明をするわよ。内容は至って簡単な的当て、今からお手本を見せるから参考にして挑みなさい」


 彼女が振り向き指を鳴らすと、複数の魔術陣が展開される。

 それらは複雑な軌道を描いて彼女の周囲を旋回し、無作為に水の玉を放出した。


 無駄打ちか――と思うのも束の間、放出された玉同士でぶつかり、ただでさえ乱雑な軌道を更に複雑怪奇にしていく。

 ぐにゃぁ……と軟らかいゴムのように変形し、元に戻る勢いで軌道が変わっているのだ。


 そして、ぶつかりあった水球は全ての的の中央へと命中した。

 このような神業を前に、希望者は困惑するばかりである。


「ここまでは求めないけど、魔術を全ての的に当てることが最低条件よ。時間は問わないわ。開始!」


 第二試験が、始まる。

 一見すると門の試験より簡単ではあるが、あちらは魔力の扱いさえ熟せれば通過できるのに対し、こちらは魔術を使えることが前提となっている。

 そう、魔術を身に付けていない者はここで弾かれるのだ。




 ――そもそも、魔術とは何か。


 魔術とは、魔力を通して世界に働きかける技術である。

 魔術とは、魔力を用いて世界を歪める技術である。

 魔術とは、望んだ事象を引き起こす技術である。

 魔術とは、魔術師の叡智の結晶である。


 どれも間違いではないが、根本的な話をするのなら……魔術とは、遺伝によって決まるモノ。

 どれだけの魔力を扱えるのか、どれだけの魔術を行使できるのか、どれだけの魔術なら耐えられるのか。


 そういった諸々を才能と呼び、代々の遺伝によって才能の限界は決まるのだ。


「――《起動コール》!」


 長々と詠唱を唱え、《起動コール》の掛け声と共に炎が飛ぶ。

 洗練された魔術では無いが、点ではなく面で放出されているため、次々と的に命中していく。

 ……だが、最も遠い的だけは、彼の練度では届かせるには至らなかった。


「…………《起動コール》っ!」


 指を照準に見立て、魔力を飛ばすだけの単純な魔術を行使する女性がいる。

 連射性に優れてはいるが威力に難があり、更なる工夫と研鑽をしなければこれ以上は望めない程度の魔術。だが、全ての的に当てることには成功している。


「《起動コール》」


 距離による減衰が発生しづらい光を利用する魔術を発動して見せた少年がいる。

 光を発生させ攻撃に転用する魔術は消耗が激しいが、消耗に比例して威力が上昇していくため、魔力量に余裕があれば有用と言えるだろう。


「……次は君ね。一番乗りで門をパスした実力、期待しているわよ」


 ルナールは嘆息を漏らしつつ立ち上がり、裾に付いた土埃を払う。

 魔術を行使するのは指定された範囲であればどこでもよく、角度によって難易度が変わる。

 試験官が当て方まで指定しなかったのは、これも加味してのことだろう。


 ――しかし、ルナールが起動しようとしている魔術にそれは関係無い。距離も、角度も、術者の立ち位置も。

 なぜなら、彼女が使おうとしている魔術は、間違いなく的に当たるのだから。


(必要な分はできた……あとは実行するだけ)


「――《保存展開リリース》《二重展開デュアル》《鏡像展開ツイン》……《起動コール》」


 それは、密かに展開していた魔術を起動するための魔術。

 半分に割られている鍵のように、片方だけでは完成しない魔術。


「これが……蒼の秘蔵っ子の実力なのね」


 発動した魔術は、さきほどお手本として提示された魔術。

 無数の水を乱反射させながら、全ての的に命中させた神業の如き魔術。


「第二試験も文句無しのパスよ。通過者は全員で……四人ね」


 通過者はルナールと、彼女の次に門を通り抜けた二人と、光を利用した少年だけだった。

 門の試験を担当していた魔術師も、どことなく満足げな表情を浮かべているように見える。


(……よし、楽できた)


 ただ、ルナールがあの魔術を使用したのは、ただ単にマニュアルで的に命中させるのがメンドクサかったからである。

 そこにいい手本があったからその通りに動かしただけ。つまり手抜きであった。


 だとしても、魔術の腕そのものは天才と呼べるほど卓越したものである。事前に聞いてはいたが予想以上の実力に試験官達も高揚を隠せないでいる。

 学園都市入学試験、第二試験、突破である。

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