やる気のない魔女は怠惰で自堕落な生活を送りたい

こ〜りん

魔術学園:五級魔術師編

第1話 辺境から来た魔術師見習い

 都市の端に計八つの塔が聳えていることから八芒星オクタグラムと呼ばれるこの学園都市には、世界中から魔術師が集まってくる。

 直径にして約四〇キロメートル。下手な小国より広大な領土を有する独立都市たるオクタグラムは、この世で唯一の、魔術師による魔術師のための学園だからだ。


 そして、八つの塔は最高位の栄誉である称号持ち――第一級魔術師が君主として管理し、その他の魔術師は実力と功績で分けられた階級ごとに部屋を与えられる。


・放出と吸収、破壊と停滞に秀でた紅の塔

・自然への干渉、成長と腐敗に秀でた碧の塔

・生と死の境界、強化と回復に秀でた金の塔

・倫理の冒涜、肉体改造と造魔に秀でた闇の塔

・文明との調和、造成と変化に秀でた白の塔

・創造と固定、魔導工学と錬金術に秀でた灰の塔

・効率と理論、魔術陣の作成と保存に秀でた蒼の塔

・発想の転換と連携、補助と妨害に秀でた紫の塔


 いずれの塔も上の階に行くほどレベルが高くなり、大抵は四級で限界を知り野に降っていく。

 無論、これらの塔は相互に協力する関係であり、異動手続きをすれば別の塔で学べるため、選んだ塔が自分と合っていなかった、なんて言い訳は通用しない。


 だからこそ、魔術師はこの学園都市の塔を目指すのだ。塔に入り君主となることはすなわち、最も優れているという証明に他ならないのだから。


 □星歴七六○年、初春


 お世辞にも整備されてるとは言い難い道を、ガタガタと揺れながら隊商の幌馬車が通る。

 積まれているのは隊商を維持するための食糧と、仕入れた商品と、数名の客だ。


「あと一〇分もすれば学園都市オクタグラムに着く。あんたらは入り口が違うだろ? そろそろ準備した方がいいんじゃないのか?」


 学園都市が見えてきたため、御者が客へと声を掛けた。

 数名の客は荷物を確認したり、仮眠中の同乗者を起こしたりし始める。

 そして、到着が待ちきれないと言わんばかりにそわそわとするのだ。


「ねえ、君も学園都市の試験に挑戦するんでしょ?」

「学園都市の試験は凄く厳しいって聞くけど……どうなのかな」

「どれだけ難しくても、俺はパスする自信があるね。なにせ師匠が元三級だぜ?」

「すげぇ! 三級ってあれだろ? 年俸が出るようになるってやつ!」


 幌馬車に乗っていた数名の客――魔術師見習いの少年少女は不安と期待が綯い交ぜになった会話をしている。

 落ちたくはないが、簡単にパス出来るような試験が行われるとは思えないからだ。


 だが一人だけ、会話に加わらずにぼうっとしている少女がいる。

 日の当たり方によっては白色にも灰色にも見える銀色の髪に、宝石のように透き通った水色の瞳。整った顔立ちは貴族かと疑うほど。

 馬車の後方に憂いた視線をやる姿は絵になるし、試験に不安を抱いているようにも見えるが……


「……はぁ」


 実家に帰って大好きなお布団でぬくぬく過ごしたい。学校とかメンドクサイ。というか思ってたより馬車の移動が痛くて辛い……。お風呂入りたい。


 こんなことばかり考えていた。

 魔術への意欲はほぼ無く、ただ怠惰に過ごしたい欲が心の中を占めている。


 彼女の名はルナール。

 熱意と情熱が欠けた魔術師見習い……になる少女である。


「貴族の子女なのかな……」

「でも貴族ならもっと豪華な馬車に乗るんじゃないか? こんな乗り合いじゃなくてさ」


 小声で話題にされていることすら気付かないほど、彼女は自身の境遇を憂いていた。

 なぜこうなってしまったのか……。その原因となった出来事は半年前に遡る。


 ……が、回想しようにもルナールにとって特にこれといった思い入れがない故郷の、これまたどうでもいいことだったので、ぼやけた視界のように鮮明に思い出せない。

 確かに覚えているのは、魔術どころか魔力を扱える人すら珍しい辺境の地で、彼女がついテキトーな魔術を行使したことだけ。


 やがて幌馬車が止まる。

 学園都市の門は幾つか種類があり、馬車に乗って訪れる隊商の広い門、たびたび訪れる貴族用の豪華な門、旅人や市民用の小さめの門。

 ――そして、魔術師用の門。


 乗っていた客を降ろした幌馬車は再び車輪を回して隊商用の門に向かう。

 それを見送った少年少女は、魔術師用の門へ足を踏み出した。




 ――魔術師用の門は通行する者の素養を試す。魔力の多寡、色、そして隠された魔術をつまびらかにし、一定以上の危険度があると判別されたり予め設定された対象を弾きだす。

 だが、これはあくまで居住権を持たない者への処置であり、いわゆる『安全は確保していますよ』という言い訳だ。

 この機能が使われるのは年に数度だけ。四級以上なら誰でも素通りできる。


「……これで希望者は全員か」


 門の前に佇む、いかにもな格好をした男が少年少女を見渡してそう言った。

 彼らは今か今かと開門を待ち望んでおり、うずうずとしている。

 ルナールは欠伸をした。


「さて、まず第一の試験を開始する。これを持って門を通れ。通れなければ失格だ」


 渡されたのは懐中時計と呼ばれる機械だ。だが、蓋を開けても時計板や針は見当たらない。

 なんの説明もされずに渡され、通れと言われても困惑するだけだ。


「……通ればいいんだろ。へっ、最初だから簡単なんだろ」


 少年が足を踏み出す。幌馬車に同乗していた男だ。

 彼は懐中時計を手に堂々と歩き、試験官の隣を過ぎ――何も無い空中で弾かれた。


「つっ……! は? どう、いやなんで?」

「……まだ時間はある。再挑戦するか?」

「っ、当たり前だろ! こんな意味分かんねぇ落ち方してたまるかよ!」


 この様子を見て少年少女は不安を抱き始めている。

 通れない理由が分からないからだ。


(……防護結界の魔術。かなり複雑だし、外壁そのものが触媒かな。門の……うん、あそこが一番


 ぼんやりと……しかし確認だけはしっかり行ったルナールは、知識と推測を組み合わせてこの試験の概要を理解した。

 これは、とても難易度が高い試験だと。


(単純に通るだけならこれを捨てればいいけど、持って通ることがパスする条件。なら防護結界の無効化? それは個人じゃ負担が大きいかな……一〇とか二〇とかじゃ無理。やるなら一〇〇は必須かも。じゃあこっちで反発させる魔術……でもそれはが反応してしまうからダメ)


 そのうちに何人かの失格者が出始めた。

 彼らは一様に懐中時計に魔術を掛け、通る前に失格となった。


(やっぱり自壊の魔術が掛かってる。細工するなら……間接的にかな)


 ルナールが思索している間に少年少女は次々と挑戦していくが、やはり誰も通ることは叶わずにいる。


「……失格」

「うっ、うっ、ぐすっ……ぱぱぁ、ままぁ……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「嘘だ……僕が……嘘だ……」


 泣き崩れる少女、両膝をつき項垂れる少年。彼らはきっと、両親がなけなしのお金を積んで送り出してもらったのだろう。

 自信を持って臨んだのだろう。


 意気揚々と出立し、何も得られず帰ってきた者の田舎での扱いは酷いものだ。それはルナールも知っている。


(……魔術は掛けちゃダメ。でも自分に使うのは大丈夫。通るべきは端、反応されない程度に微弱な魔術を使う。懐中時計は、周囲に滞留させる)


「……《起動コール》」


 ルナールは防御の魔術を必要最低限の魔力で起動し、同時に防護結界を欺くための魔術を懐中時計の周囲に展開した。


 ほぅ……、と試験管が感嘆するほど精巧な魔術だった。


 他の挑戦者が弾かれた地点の真横を、ルナールは阻害されることなく歩く。

 門の中間で膜を破るような感覚を覚えたが、通り抜けるのに支障はない。


 やがて、他の挑戦者からすれば長く感じた数秒が終わる。


「文句なしの合格だな。そのまま真っ直ぐ進んで学園に向かうといい」


 門越しに試験官が声を掛けた。

 ルナールは小さく頷き――懐中時計を門の向こうへ放り投げた。


「通ったあとも保持しろ、なんて言ってないでしょ」


 放り投げられた懐中時計は、先程泣き崩れていた少女の近くに転がっている。

 少女は懐中時計を困惑した顔で眺めて、それからルナールを見て……


「――ありがとうございます! ありがとうございます!」


 礼を述べた。

 うるさいなぁ、とルナールが思うほど何度も。


(人助けとか、メンドクサイし性分じゃないんだけどな……)


 魔術を解き、ルナールは気だるげな足取りで通りを歩く。

 魔術学園入学試験、第一試験、突破である。

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