第2話 空の監獄の五人
十月〇日日曜日 午前二時四十分頃――――――――日本領海付近 太平洋沖
空も海も真っ黒な、まるで闇のような世界を飛ぶ一台の高速貨物機、『GALE《ゲイル》』
疾風という意味が込められた名前を背負うこの飛行機は、急を要するものを輸送することを目的としてアメリカで作られた飛行機で、最高時速1030㎞で飛ぶ。ほぼ音速に近い。
しかし、その飛行機は現在、窮地に陥っていた。
ベトナムで新たに、狂犬病のような症状の病原体が見つかったと連絡が入った。
いち早く動いたのが二十七の研究所からなる、『米国国立感染症研究所』
研究員と乗組員が高速貨物機で現地まで赴(おもむ)き、感染していると思われる犬の血液からその病原体を回収した。
病原体には仮名として回収日の『10xx《十月〇日》.virus』と名付けられた。
……そう。そこまではよかったのだ。
高速貨物機がベトナムを出発して二時間が経過したころ、一人の研究員が心肺停止になった。
彼はベトナムで『10xx.virus』の回収時に野良猫に引っかかれた研究員だった。
しかし、彼は倒れて少しすると、何事もなかったかのようにすぐに起き上がった。
だが彼は口からはだらだらと血を吐き出し、目は充血して、目元の血管が青白く浮き出た状態だった…。
彼は、同じ救護室にいた女性研究員を見て威嚇のように「ぐあああああっ」と声を発すると、そのまま驚き固まる研究員の肩に嚙みついた。
嚙まれた研究員の叫び声を聞いて駆け付けた乗務員が、女性研究員の肩を嚙みちぎり、なおも嚙み続ける研究員を取り押さえる。女性研究員はまもなく動かなくなると、唐突に起き上がり、研究員を取り押さえる乗務員に嚙みついた。
そこからは連鎖だ。血反吐を吐く人に嚙まれて死に、死んだその人も起き上がりまた人を襲う。
現在、機内にいた乗客乗員二十名のうち、十五名は嚙まれ、嚙まれなかった五名以外は皆、人を求めて
そしてその残った五人は操縦室で身を潜めている―————
「—―———メイザー機長…、これはもう近くの空港に着陸許可を要請しなくては…。」
私の横で、ダレス副機長が不安そうに言う。
現在、機内は地獄と化している。私たちを含めて二十人いた乗客乗員は五人にまで減った。
嚙まれた者が、また人を嚙み、まるで感染症のように広がり、収拾がつかなくなった。
それを機内映像を操縦室から見たときは目を疑ったものだ。
操縦室に逃げ込んできた三人と私たち以外はもうまともな人はいない…。
「い、一体なにが…起こってるんですかぁ…!」
恐怖で口が震え、涙目の客室乗務員の女性、セレンは絞り出すように、逃げ込んできた研究員に聞く。
彼女は目の前で同じ客室乗務員のリックが、乗っていた研究員に襲われ、状況も飲めぬまま操縦室に押し込まれたのだ。
それに襲われたそのリックとセレンは恋人関係だ。自分の大事な人が襲われてパニックにならないわけがない…。
セレンの問いに、研究員の男性は顔をしかめ口をつむぐ、少しして重い口を開く。
「…元凶は野良猫にあると思います…。まだ断定はできませんが、研究員を引っかいた猫が感染していたと考えておおむね間違いないと思います…。僕は猫が感染していたという考えにすら及びませんでした…。研究員として見誤ってはいけないことをしてしまいました…。」
そういうと、研究員の男性はうつむいてしまった。逃げ延びた研究員はこの男性ともう一人の女性研究員だけだった。
「…自己紹介がまだでしたね。私は『米国国立感染症研究所』第五区研究所副所長の
「え…、お、同じく第五区所員のアレックス・ロジャースです…。アレックスとお呼びください…。」
それまで黙っていた女性研究員が、唐突に自己紹介をした。
それを聞いて説明した男性も慌てて自己紹介をする。
やけに落ち着いているこの女性研究員は、名前を聞く限り日本人だろう。しかし少し不気味だ。
「あなた、やけに落ち着いてるように見えますが。」
私は気になって思わず聞いてしまった。
「…そうですか?私はこんなことになると思っていなかったので、驚いていますよ。」
「…そうでしたか。失礼しました。」
なんだか言葉に妙な引っ掛かりを覚えたが、すごく気になるというわけでもないので、目の前のことに集中しようとした。
「メイザー機長…!ルート変更で着陸要請しますよ!いいですね!」
色々考えていたところで、ダレス副機長が声をあげる。
「あ、ああ、すまない。一番安全に降りられる空港へ緊急着陸だ。」
すこし動揺して、私はダレス副機長へ指示をする。空港を調べるダレス副機長の
そうだ、とにかく目の前のことに集中しなくては…。
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