過小評価少年がパンデミック世界で強くなっていく話

シエリス

前日譚 崩壊の始まり

第1話 いかにも怪しげな研究員

現象は時に信じられないものを生む。

それは自然現象でも、人工的でも、だ。


自然現象は少なからず知識にあるだろう。


だが、知識にない人工的な現象はどうだろうか。

人々は混乱し、我先にと逃げ惑うだろうか。

それとも、誰かのために立ち向かうだろうか。


そんな現象が生まれてしまった今、崩壊が国をむしばむ―——―—


前日譚 崩壊の始まり



十月未明 午後??時頃―――『米国国立感染症研究所』第六区研究所地下 所長室


 ここはアメリカの、とある場所にある地下施設型研究所『米国国立感染症研究所』

その一角の扉の先にあるのは、第六区研究所所長の、ある日本人の部屋だ。


中は少し暗く、両側の壁にはぎっしりと本が詰まった棚が並び、扉から入って左側に小さなデスクとソファ、正面の壁一面には青く照らされた水槽があり、その前に重厚な木造りのデスクと、革張りの回転する椅子…。


そして右側にはボードに張られた世界地図があり、その前に立つ一人の男性がいた。


「……」


男性は無言でダーツを箱から取り出す。

そのまま、男性は世界地図に向き直り、ダーツを構える。

左手で両目を隠し、


「ほっ…」


右手でダーツを投げる。


トンッ


ダーツが刺さった音を聞き、男性は左手を下ろして地図を見る。


「…決まりだな。」


男性は、刺さったダーツを見て不敵な笑みを浮かべ、ソファにかかった白衣を手に取り、袖に腕を通し、少し緩んだネクタイを閉めなおす。


そしてデスクの引き出しから、手のひらより少し大きめな枠状の器具に固定された、暗い緑とも青とも言えるどす黒い液体の入った小さな瓶を取り出す。


男性は、その瓶を持った腕を上にあげ、照明にかざす。


「綺麗だ…」


瓶を照明にかざしたまま軽く揺らし、光に照らされた液体は、透き通ったエメラルドのような色となり、瓶の中を波打つ。


「…私、堂場どうば喜二郎きじろうプレゼンツ……」


男性は見上げたままそう言い、少し間を開けると。


「最高の実験の、スタートだ。」


瓶を撫でて、にやりと笑う―————









―——―—コンコンコンッ


どうやら、私が待っていた尋ね人が来たようだ。


「来たか…、入れ」


私は尋ね人に入ってくるよう呼び掛ける。


「失礼します。」


入ってきたのは二十代前半の白髪の女。…私の元娘だ。


すでに妻とは離婚し、親権を取られているから、元、だ。


「突然呼び出してすまないな、お前に頼みたいことがあるんだ。」


「失礼ですが、私たちはすでに絶縁しているため、その頼み事は聞きかねます。」


まだ内容を言ってもいないのに、すぐにそう返された。


全く、この女は本当に口が減らない。



愚図が




「…妹は今年から高校に通いだしたのだな。」


「そうですが、あなたには関係ないことでは?」


「ぐっ…」




うざい、こいつは…本当に…。




「…私の気の荒い部下にその高校の場所を教えた。お前がここで私の頼みごとを聞かないのであれば、すぐに部下が高校に向かい、お前の妹をいたぶるだろうな?」


「なっ?!」


「さあ、どうする?」


だが、


こいつは妹のことになれば何でも言うことを聞くのだ。


口うるさく生意気な女だが、このエサがあれば従順に動いてくれるだろう…。


「…元は自分の娘にそんなことをして、心は痛まないんですか?」


「離婚して、もう関係のない人だと言ったのはそっちであろう。他人に何をしようが、私はどうも思わんさ。」


「っ、ですが…」


ああ、もう、さっさと了承しろ、カスが。


「…もういい、すぐに部下を高校に向かわせる。」


「っ…!待ってください!」


「なんだ?」


「…分かりました、やります。だから…、妹には手を出さないでください…。」


「ふん…」


まったく、最初からそう言え。


「おい、」


私は紙の束をその女に投げつける。


女はそれを拾い上げる。


「その紙に書いてあることをやれ。そうすればもう妹を襲わせるような真似はしないと約束しよう。」


「…え、これって…」


資料を少し読んで、女は少し驚く。


「安心しろ、お前はあくまでリーダーだ。それをやってくれさえすれば、安全な場所で、部下が来るのを待つだけでいい。」


「いや…、でも、こんなの…、いち研究員がこんな…」


読み進めていくうちに女は顔はみるみる青くなる。




くくっ…




「…なんだ?できないのか?」


私は部下へ繋がる携帯をちらつかせた。


「っ…!」


女はまた顔を驚かせ、少し目じりにしわを寄せた。


そして、


「…分かりました。すぐに。」


女は駆け足で部屋から出る。


「…失礼しました。」


娘はそのまま扉を閉めて走っていく。





「ふっ…ふふふっ」


私は笑いをこらえながら、空っぽになった小型動物用のゲージを見る。


…今回の実験は逆らわない協力者が必要だったのだが、これで解決だ。


それに、万一にもあっちの作戦で失敗がすれば、その時にはが爆発的に増えるだろう…!それはそれで本望だ!


これで、これで、ようやく、私をコケにしてきたほかの区の連中をあっと言わせられる…!なにせ解決策を最初から握っているのはこの私だ!




「ああ…、ああ~、楽しみで仕方がない…。」




元娘が返ってくることが待ち遠しいとは、いつぶりの感覚だろうか。

いや、この気持ちは自分の子供に対してではなく、ただただが欲しいだけであろう。


手に入れるなら、この場にあるからたやすいのだが、それでは意味がない。



あの場でを手に入れるからこそ意味があるのだ。




「さて、待っている間、プレゼンの準備でもするか…。」



私は自分のノートパソコンの電源を入れた。

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