1章 茉輪高等学校
11月15日
「ああ…、吐く。」
私は目の前のパソコンを勢いよくバチンッと閉め、そのまま椅子の背もたれに寄りかかり天を仰いだが、あまりに勢いよく閉めすぎたので心配になって、チラッとパソコンを見てからまた自室の天井を見た。只今17時30分で、もうそろそろ夕飯の時間だけれど、私はそのまま目を閉じる。眼精疲労だかなんだか知らないがこの一ヶ月、一日中パソコンと睨めっこする毎日を過ごしているせいで目がギンギンだった。今日だって朝からずっとそうしていたため画面の見過ぎで吐き気もするし、頭も重くて、骨伝導イヤホンをずっとかけている耳にも変な違和感がある。だらんと下げていた右手を持ち上げて骨伝導イヤホン(通称“青いやつ“←私が勝手に名付けた)を外し、閉じたパソコンの上に置いてまた天を仰ぐと、気持ち悪さの元凶が和らぐような(奥に戻っているような)気がしないでもない。一ヶ月もこんなことをやっていると思うとなんだか虚しいようなそんな気がするが、ずっと躍起になって進めていたレポートもあと2、3日で終わりそうだ。なんとこれは締切日よりも一ヶ月以上早い。どうやらこんなに詰め込まずとも予定通り終わる分量のものだったらしい。ちなみに私、
「…緊張感を持つのもいいけど、不安になりすぎるのも良くはないなあ…。」
私はボソッと呟いた。
「そうだね、天利は真面目だしね。」
「うん、まあね。…は?」
目を開けると声の主が上から覗き込んでいた。案の定私はびっくりして相手の額に頭を勢いよくぶつけた。2人とも「痛〜」と言いながらそれぞれ額と頭に両手を当てる。私は右手を離して机を掴み、可動式の椅子を回転させて彼の方を向いた。
「驚かさないでよ!覗き込んだらこうなることぐらい想像付くじゃん!」
「いや、ごめんごめん。死んでるのかと思って。あんな体勢だったら心配になるじゃん。むしろ驚いたのはこっちだよ。いきなり喋り出すんだもん。」
顔が熱くなる。いくら弟でもあんな至近距離で大きめの独り言を聞かれるのは結構恥ずかしい。恥ずかしさと怒りでヒートアップする。
「そっ、そもそもノック!ノックしなさい!」
「いやだってドア開いてたし。母さんと僕の話し声聞こえなかった?」
そうだった。小一時間くらい前に換気のために開けた後閉め忘れた。
「つ、ついさっきまでイヤホンつけて授業を聞いていたんだから聞こえるわけないでしょう!」
そう言って私はもう一度椅子を回転させて机に向き直り青いやつ(イヤホン)の電源を落とす。(さっき落とし忘れていた)
「悪かったよ。ごめんごめん。母さんが“夕飯できたから降りておいで“だって。」
なんて気持ちのこもってない謝罪なんだろうとため息をつく。電源の落ちた青いやつを充電器に繋いで、パソコンの横に広げていた教科書を閉じながら私は立ち上がった。
「先行くわ。」
そう言って弟の横を通ってリビングへ向かう。
「呼びに来た弟を置いていくなよ!」
「ドア閉めてよ?」
彰は小走りで戻ってドアを閉め、またついてきた。
短い階段を降りながら彰が話しかけてくる。
「レポートの進み具合はどう?」
「あと2、3日で終わるよ。」
「あれ?締切12月の中旬って言ってなかった?早いね。簡単だったの?」
「もちろん桜凪に比べたら簡単だよ。だって試験なしで入れる学校だし、難易度は低く設定されていて進めやすいって担任になった先生が言ってたから。ただ量は半端ないよ。特に映像授業の量が。動画と選択問題を解くのをひたすら繰り返して、単元が一つ終わるごとにレポートの提出って言う仕組みだけど、ずっとパソコン作業だから目が疲れる。」
リビングに入ると、すでに食事がテーブルに並んでいたので、席に着いた。3食分しかないところをみると、今日は父の帰りが遅くなるようだ。彰も私の隣に腰をおろす。台所から母がこちらにやってきて私の正面に座ったので、それぞれいただきますと言って食べ始めた。
「…動画ってスキップとか早送りはできないの?」
私が魚を半分くらい食べ終わったところで、彰が唐突に言った。
「バカ、して良いわけないでしょ!そもそもズルはできないようになってるから。ほんとバカね。」
「…ちょっと気になっただけなのにそんなバカバカ言わないでよ…」
「一つの動画をしっかり見て初めて次の動画とか問題に進むことができるシステムなの。レポートもその単元の動画と問題を終わらせないと出せないし、結構大変なの。舐めるんじゃないわよ。」
「…舐めてないよ…」
彰が半泣きのような声で呟く。ちょっと言いすぎたかな。
「食事中くらい喧嘩しないの。魚が泣いてるわよ。」
母が眉間に皺を寄せながら言う。魚を泣かせるのは確かに良くない。
「喧嘩じゃないよ。会話だよ。」
私が言う。
「会話じゃないよ。僕がいじめられてるんだよ。」
彰が言う。私はムッとして彰の足をちょっとだけ踏んだ。彰が肩をすくめて足を引っ込める。
「ほら母さん!今天利が僕の足を踏んだ!」
「踏んでません!ちょっと当たっただけです!」
「良い加減にしなさい!」
母はさっきより強めにため息混じりで言うと、また黙々と箸を進める。
少しピリついた空気の中で私たちはお互いを睨みながら食事に戻った。
アマリ通信戦記 美小 @touka32
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アマリ通信戦記の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます