第13話・「悪魔」

 それまで、無表情だったマコトに、初めて表情が浮かんだ。


 それは。


「ひっ」


「……!」


 二人の女が後ずさり、僕の影に隠れる。


 眼はそのままに、口を引いたそれは……僕ですら一瞬引き込まれる、それほどまでに……禍々しい、笑みだった。



     ◇     ◇     ◇



『敵となった以上、これまで通りサキト様、ではいけないな……』


 マコト? は首を傾げる。


占部うらべ充人みつひと……いいや、これもしっくりこない……。そうだな、サキト、と呼び捨てたほうがいいかな?』


 声は……マコトから出た物だった。


 だけど、どこか違う時空から聞こえた、としか思えない微妙な響き。


 その言葉で、僕の考えが固まった。


「やはり、この一件、僕が目当てか」


『どうして……そう思う?』


「この町に今いる中で、その価値がありそうなのは僕だけだろう」


『くくく……』


 マコトは……いや、これはマコトじゃない……いいや、やっぱりマコトなのか……? マコトは支配者の僕ではなく、この事態を引き起こした張本人……なのか?


 分からないことが多すぎる。


 ただ、一つだけ分かったことがある。


「ここ数日いなかったのは、その力を手に入れる為か……。その異能は……どこで身に付けた?」


『君の知らない所、で、決まってるだろう……?』


 口の両端を引いたマコトの表情は、まるで「悪魔」のカードの黒山羊頭のように、忌まわしいものだった。


『君に勝つのに、君にご教授願うわけにはいかないだろう……?』


 そう。マコトは、僕ですら成し得なかったこと……異能を身に付けている。


 現実を捻じ曲げて虚構と入れ替えてしまうという異能が。


 その異能で、町全体の人間の寿命を手に収め、そして、今、リョウを殺した。


「僕に勝つ……だと?」


『そうだよ。君さえいなければ……という人間が何人いるか、君には自覚がないようだ』


「この素晴らしい僕の力で助けた人間が何人いると思う?」


 僕は肩を竦めた。


「その恩を忘れた人間の言うことを聞いても仕方ないだろう」


『そうだね。それには同意しよう』


「その中には貴様も含まれているんだが?」


『そうだな。こいつらの悪巧みから逃れられたのは、間違いなく君のお陰だ』


 マコトは俯く。その顔に影がかかり、より一層不気味な顔になる。


『俺は礼を忘れる人間じゃあない。その恩は返しておこう。逆恨みして君たちに襲い掛かられても困るしね』


 もうマコトの顔が分からない。影に隠れて見えない。まだそこまで太陽が陰ったわけじゃないのに、マコトは闇の化身のように笑った。


『じゃあ、こいつらは処分するよ』


 な?!


 マコトの笑みが深くなり、女二人がじりじりと引いていく。


 マコトはゆっくりと歩き出した。


 金縛りになっている不良に向かって。


「ちょ、何」


 ユキが何かに気付いたのか、青ざめる。


「マコト君、嘘でしょ、冗談よね?」


『俺が冗談と言わない人間だと、君は分かっているはずだろう?』


「その人たちは、生きてるのよ?!」


『生きていても仕方ない人間だろう? 放置すれば大変なことになる。その前に処分するのが何よりいいことだ』


「良くない! 人を殺したら……!」


『僕は額をつつくだけさ』


「ダメェっ!」


 ユキの悲鳴も聞き入れず、マコトは不良の一人の額を突く。


 五回突いて、不良は「DEATH」、すなわち死んだ。


「やっ、やめっ」


「助け……」


『あの時は俺も言った』


 ゆっくりと、絞り出すような声。


『やめてくれと。そんなことしたくないと。だけど貴様らはひたすら詰めて来たよな。俺たちに協力すればいいことがあると』


 真っ青な顔をしている不良たちに、今がもう口元しか見えない顔は、まるで口が裂けたかのような笑みに満たされていた。


『だから、今度は俺は返す。俺に協力すればいいことがある。だから貴様ら、俺に協力しろ』


「なっ、何でもする、するから!」


「助けてくれ! 協力する!」


『じゃあ』


 ゆっくり笑って、マコトは指を伸ばした。


『その寿命を、俺に捧げろ』


「っ!」


『俺に寿命を捧げれば、どうしようもない貴様らの力も俺のものになり、少しはマシなことに使われる。感謝しろ。人間の屑のような貴様らが、俺の力となって役立てるのだから』


「や、やめっ、やめっ」


 引きつって、表情しか動かせない不良の一人の額を突く。


 崩れ落ちる不良。


「助けて、助けてっ」


「俺は何もしてない、してないから!」


『何もしてない。それが罪で、今から与えるこれが罰だ』


 マコトは次々に不良の額を突く。


 どんな哀願も聞かないし、どんな慈悲もない、とでも言いたげに。


 ゆっくりと。


 不良の群れを回り、立ち止まり、一人ずつ、楽しむように額を突いていき。


 必死で命乞いをしていた最後の一人を、地に伏せさせた。



 不良全員の命を奪って、マコトは口元だけで笑っていた。


「ひ……ひい……」


 ユキが僕の肩を掴む。爪が食い込んで痛いが、今はその痛みが僕を冷静にさせている。


「僕を仕留めるために、こんな大災害を引き起こしたのか?」


『もちろん、それだけじゃないさ』


 その時、遠くからサイレンが聞こえてきた。


『おや、大事なお父様が御到着のようだ』


「マコト! それだけじゃないって……!」


『すぐに分かる。そう、すぐに』


 マコトはふわりと浮かぶように地面を蹴った。


『何故こんなことが起こったか、それがね』


 そのまま、薄闇に染まっていく町の角に姿を消すとともに、何台ものパトカーが飛んできた。

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