第8話・マコトとハル

「……よし」


 僕は立ち上がった。


「マコトを探す」


「え? この状況で?」


 ユキが心底不思議そうな間抜け声で聞く。


「貴様が言ったはずだ。マコトに影を奪うなんて真似は出来ないと」


「え、ええ」


「僕もそう思った。だが現実に、僕は影と、他人を占う力を失った。タイミングから、マコトが奪ったとしか思えない。そしてこの状況から、マコトがそんな力を使えるようになった理由……そう、今、この状況。町が切り離され、日蝕が進み行き、町民の寿命を謎の支配者が握っているこの状況で、マコトが何か影響を受けている」


 ぼくは再びクロスの上にカードを広げ、そして一枚をめくった。


 再び「正義」。


「カードも言っている。この推測が正しいと」


「でもマコト君は何処に……」


「占ってみる」


 クロスの上で、三枚のカードを引く。


 スリーカード・スプレッドじゃない。もっと具体的に現在を占う、ゴールデントリン・スプレッド。質問の結果、近い未来、総合結果を表す。


 質問の結果は。


 「恋人たち」。恋愛相談などを占う時によく出るカードだが、今この場合を思えば、意味するのは協力者。鍵となる人物が現れる暗示でもある。


 では、近い未来は?


 「棒の少年」。若い少年。燃え上がる炎のような。この分だと、恐らくは僕と同年代の存在だろう。マコトと関りがあって、火を示すこのカードに当てはまる存在は……心当たりがある。


 では、総合結果は?


「……剣の10」


 朝焼けの前に、十本の剣に刺し貫かれて倒れている男。


 終了、終止符、望まない結果、悲しみ、絶望、無力感。しかし決してすべてアウトなカードではない証拠は、男を照らしている朝焼け。苦しみの先に救いがあるのだと言うこと。逆位置になれば幸運や起死回生を意味する。


 逆位置だったら、素直に喜べたはずのカード。だけどこれが正位置で出ている。


 鍵となる人物が、失われる?


 ……未来は状況によって変わる。僕の自身を占う結果はその度に「悪魔」「塔」「死神」を未来の位置に出すが、カードの警告に従ってそれから逃れ続けて十七年生きて来たし、これからもそうするつもりだ。


 失われるなら、失わないだけだ。


 その方法は……。


 カードをシャッフルしている時、ドアが激しく叩かれた。


 二人の女がびくっと竦み上がる。


「占部! いるな! いるんだろ! 出てこい!」


「この声」


 ユキが気付いたようで、ドアを見た。


「開けろ」


「でも」


「いいから、開けろ」


 僕とあいつの仲を知っていて躊躇ためらったようだ。だが。


「カードが出した客人だ」


 ユキはドアを押した。


 隙間が空いた途端、グイっと向こうからドアノブが引っ張られ、飛び込んできたのは。


「オラー占部ー!」


 僕と同じ高校の制服。染められた短髪。耳に銀色のピアス。


 外見をした、しかし背の低さと童顔のせいで、威圧感が全くない同学年。


「ハル」


 三木屋みきやはるだった。



「オラ占部、テメー、マコトを隠してるだろ!」


 占い用の大テーブルを回り込んで、ハルは僕の襟首をつかんだ。


「隠したのは分かってんだ、早く出せ!」


「残念だが」


 その手を振り払って、僕は冷ややかに言った。


「マコトは確かにここに来ていたが、十数分前にここを出て行った。それっきり顔も見ていない。何処へ行ったかも知らない。僕も探しに行こうと思っていたところだ」


「嘘つけ! マコトのこと召使いか奴隷としか思ってないテメーがわざわざマコトを探しに行くはずねェだろ! オラ、さっさと吐け!」


「底辺が」


 ハルはマコトの親友だと言っている。マコトがそれを否定していないからある程度仲はいいんだろう。


 だが、二人は正反対だ。


 黒髪できっちり制服を着ていても強面で体格も立派なマコトと、髪を染めてピアスをしても低身長童顔なハル。マコトは几帳面でハルは大雑把。割れ鍋にじ蓋で気が合うのだろう。


 で、ハルは僕を敵対視している。


 マコトのことを召使いか奴隷にしてか思っていない、とハルは言ったが、マコトはボディーガードとして雇ってやっているのだ。


 大きな体躯と引き換えに気の小さいマコトはまともにアルバイトすらできない。


 底辺の高校生用アルバイトなら飲食関係客商売だが、その見た目とすぐ委縮してしまう性格で上手く行った試しがないと言っていた。高校一年の文化祭で占い喫茶などという僕の能力頼り切りの催し物で、今知り合いから誘われているバイトは引き受けるべきか断るべきかと聞いて来て、占ってやった。


 結果は最悪。裏にヤクザがいた。マコトの外面が怖いのを利用して、犯罪に巻き込んで捨て駒として使おうとしていたのだ。放っておけば少年院行き、まともな高校に戻れずまともな将来も見えない。ただ断わってもヤクザが諦めないだろうからと警察を紹介もしてやった。


 マコトが警察に行ってから数日後、バイトを誘ってきた知り合いとその裏のヤクザが捕まってニュースに出ていた。違法薬物の取引に何も知らない高校生を使おうと声をかけていたのだという。


 感謝したマコトは底辺にしては律義に礼を言いに来たが、バイトは見つからないまま。だから僕が仕事を与えてやった。


 主な仕事はボディーガードで、買い出しや連絡もさせることがある。そこらのバイトより遥かにいい報酬を与えてやっているのは、それなりに役立っているからだ。

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