第7話・奪われた力

「この事態から逃れられるか、ですね」


 僕はカードをシャッフルして。


 異変に気付いた。


 なんだ、この反発感。


 カードが僕に逆らっているように感じる。


 いつもスッと手に馴染むカードが、開く前にカードの中身まで当てられるほどに使い慣れたカードが、僕に反発?


 馬鹿な。そんな。


 血の気が引く音が聞こえたように思えた。


 カードが……何も反応を、返してくれない?


 いや、まだだ。異常事態で僕が興奮しているせいかも知れない。カードを開けば、いつものようにカードは過去を、現在を、未来を教えてくれる。


 そうだ、開けば……。


 …………。


「馬鹿な……」


「何か、悪い結果が?」


 怯えた声で問うてくるアヤに、僕は首を横に振った。


「いえ……いいえ、違います」


 カードにはそれぞれ意味がある。


 「愚者」であれば自由や始まり、無邪気さを象徴し、正位置では挑戦や冒険心、楽観的。逆位置であれば無計画や無責任な行動、現実逃避。


 その意味……と言うか僕なりの見解は、頭の中にしっかり刻み込まれている。そして、その時の状況や他のカードの並びからリーディングする。


 のに。


 カードから何も読み取れない。


 絵を見ても、意味を頭の中で思い出しても、何も浮かんでこない。


 タロットをリーディングする力を失ってしまったかのように。


 力を……失う?


 ハッと僕は思い出した。


 「力」の逆位置。精神力による能力を失う。


 占う力を、失う……。


 失った……?


「まさ……か……」


「そんな……」


 アヤが震える声で呟いた。


 悟られた? 僕が占えくなったことを?


「サキト様……足元……」


「……え?」


「影……」


 切り離された神野町、しかしインフラは何故か整っているかのようで、電気はついている。だけどそれはそんな明るい光じゃない。でも。


 アヤが指した先。


 僕の足元に、あるはずのものがなかった。


 影。


 さっき、ユキが指摘した、薄くなった僕の影。


 それが、今は、ない。


 何も。


 何も!


 ユキが慌てて窓を開ける。


 さっきよりまた少し薄れた光の下。


 僕の足元に出来るはずの影は、ない。


「そんな……サキト様……」


 アヤが絶句している。


 クソ、何だ、どうして。


 そこで思い出した。


 スリーカード・スプレッドで僕自身を占う直前、僕の足元にしゃがみこんで何かを掴んで、そのまま出て行ったマコト。


「アヤさん」


 動揺とは逆に、むしろ冷静な声で、僕は常連に聞いた。


「この部屋のドアの前に、いつも僕の傍に居るはずの男が立ってはいませんでしたか」


「い……いいえ」


 アヤは必死に首を横に振る。


「誰も……誰もいませんでした」


 髑髏どくろ眼窩がんかのような虚ろな瞳。


 高位の僕を一瞬戸惑わせた、底辺のはずなのに、何かを漂わせた気配。


「……あいつだ」


 僕は歯をギシ、とこすらせた。


「マコトだ、僕の影と力を奪ったのは」


 影と能力。僕でも他人から奪えない、実体のないもの。


 それを奪ったマコト。


 この異常事態と関りがないはずがない。


 それにしても……マコト。


 最初から、底辺を生きる、屑のような存在と分かっていた。


 だけど、その屑を底辺から救い上げるきっかけをやったのは。危機を救ってやったのは。そして金のない貴様に仕事を与えてやったのは。


 僕だろう?


 その僕を裏切って、僕から影と力を奪った?


「ふざけるな……」


 僕はタロットを置くクロスの端を握りしめた。


「慈悲をかけてやったのに……!」


「マコト君が影を奪えるわけなんて、ない」


 ユキは震える声で呟く。


「だって、彼はそんなスピリチュアルな力なんて全然なかったし、影を奪うなんて人外の技……」


「じゃあ、他に誰がいた!? しゃがんで僕の足元から何かを掴んで、そのまま外に出て、姿をくらました。ヤツ以外に誰がいる!?」


「それは……」


「力って……何なんですか、サキト様」


 アヤが恐る恐る聞いてくる。だけどこれは悟っている目だ。僕の「力」を誰より信用していた客だから。


「……占えない」


 歯が軋む音がするようだ。


「え? マコト君が出て行った後も、普通に占えていたじゃない」


 ユキが暢気な声を出すが、それは正しい。


 あの時マコトが僕の力を奪ったのであれば、僕自身のことを占うことも出来なかったはず。


 読めなかったカードを戻し、再びシャッフル。今度は自分自身を。今考えた自分の判断が正しいかどうか。


 一枚判断、ワン・オラクル。


 タロットに振れた瞬間、確信があった。


 このカードは……!


 「正義」。


 この場合は「正しい答え」を意味するカード。


 つまり、僕の今考えた、判断は正しかったと言うこと。


 マコトが奪えたのは、他者を占う力。


 力は大きく削られたけれど、それでも僕が僕自身を占うことは出来る。


「サキト様、……自分を占うことは出来るんですね」


「ええ。僕から他者を占う力を奪ったのはあの男……」


「あの大きい体の人ですか?」


「そうです」


 占い中によく僕の背後に立っていたから、アヤとは顔なじみだ。そして、僕やユキの通う高校のクラスメイトでもある。


 どうやって影と力を奪ったかは知らないけれど、間違いなくそれは今この神野町で進行中の異常事態に関わっていると、占い師の勘が告げている。


 なら、取り戻すまでだ。


 マコト、貴様が僕から大切なものを奪ったというなら、僕は全てを手に入れてやる。


 僕の他者を占う力、影、そして異変を起こしている神野町の平穏。


 すべてを手にするのは、僕だ。

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