第4話・一人目の死者

 全員が一斉にジジイを見る。


 その瞬間、ジジイの額の数字が0になった。


「ガッ」


 ジジイが胸を押さえてうめいた。


 しばらく小刻みに震えて、倒れる。


 町民が遠巻きに見る中、僕は近付いてジジイの目を見た。


 暗くなりつつあるとはいえまだ日光は十分昼間の範囲内にある日蝕の中、だけどジジイの見開かれた眼の瞳孔は光を当てても縮まらない。


 脈を診る。


 ……何の反応もない。


 これは……。


「サキト……君?」


 その時、僕の目の前で変化が起きた。


 それまで、ジジイの額にアラビア数字で「0」と記されていた文字に変化が。


 0が消え、「DEATH」に変わった。


 ああ、なるほどな。


 数字を変えられない……つまり生き返らせることが出来ないと言うこと。


 僕は首を横に振った。


「死んだ」


「……!」


「ジジイは、死んだよ」


 全員が吐き出した息の音が、ざわめきに近い音になり。


 直後に悲鳴。


「爺さんが死んだ!」


「わたしたちも死んじゃうの?」


「いや、いやあっ!」


 その場から逃げ出す女ども、混乱する男ども。


 僕は爺さんのまぶたを下ろして、消毒液で自分の手を消毒する。


 どうやら、「私」とやらが告げたメッセージは間違いではなかったらしい。


 その結果と結論を知って、蜘蛛の子を散らすように散っていった俗物ども。


 ……愚かだな。


 逃げた所で簡単に町を出られるとは思えない。三人寄れば文殊の知恵と言うが、人数がいれば例え知恵が出なくても人海戦術は出来る。それを考えても今ここで散っていくのは得策とは思えないのに。


 もっとも、協力する気のない有象無象が残っても仕方ないので黙っていたが。


 しかし、この町にいる全員の人間の生死を軽々と扱えるとは。


 「私」は魔術師だか呪術師だか知らないが、相当の手練れと見た。


 これに対抗するには……。


「サキト君」


 ユキが震える声で背後から声をかけて来た。


「何だ、一体」


 邪魔をするな。どうせ、これからどうなるかとか、自分たちの行く末とか聞いてくるかだろう。それを今から探ろうとしているのに余計な質問をして邪魔をするな。


 突っぱねるように返してやると、ユキの声が小さく僕の耳を掠った。


「足元」


「あ?」


 震える、小さな声が、辛うじて僕の耳に引っ掛かる。


「足元、見て」


 足元とは何だ……。考える僕の横にユキが並ぶ。


 僕とユキの影が並ぶ。


 なら……ぶ?


 まさか。


 僕は僕の目を疑った。


 ユキの影はまだ強い日差しの中、くっきりと浮いている。


 だが、僕のは。


 微かに、薄れている。


 いや、まさか。


 しかし、隣に並ぶユキの影と見比べると、確かに、少し薄い。


「どういう……ことだ?」


「分からない……けど、私が気付いたら、サキト君の影が……」


 当事者で勘も頭脳もある僕が気付かず、何もかも鈍いユキに先に気付かれた。ムカつく。苛立つ。


 でも。


 僕の腹の底に、感じたことのない感情が溜まっていく気がした。


 なんだ、この感情は?


 精神力を、生命力を込めて腹の中に抑え込んでおかなければならないような、この哀れなまでに弱々しい感情は……?


「サキト君……」


 軽く、僕の服を引っ張る感覚にそちらを見ると、ユキが不安そうな顔でこっちを見ている。


「なんだ」


「これから……どうなるの?」


「知るか」


 それを調べるためにタロットを使わなきゃならないのに。だから馬鹿は困る。


「僕はこれまで通り占っていくだけだ。貴様は邪魔をするなよ」


 自分の耳に届くその声が、妙に語尾が掠れたように聞こえる。


「サキト君……もしかして……怖い?」


 怖い?


 この僕が、誰より優れているこの僕が、そんな惰弱だじゃくでひよわな感情を持っている?


 そう感じた途端、怒りが沸き起こった。


「ふざけるな!」


 僕の声に、ユキは青ざめる。


「この僕が、いずれは占い界を、この町を、最終的には世界を手に入れられるこの僕が、恐怖などという情けない感情を持っているとでも言うのか!」


 ユキの制服の首元を掴み上げ、怒鳴ってやる。


「僕の何処に恐れている雰囲気があった! 言ってみろ! 言ってみろ、ぁあ?!」


「そうやって! 普段見下してる私に指摘されてそこまで動揺しているのが、その証拠よ!」


 何を!


 占いの才能の欠片もない癖に、僕に付き纏って占いのコツとやらを盗もうとしている泥棒猫が!


「僕が、動揺しているだと?!」


「ええ、そうよ!」


「そんな馬鹿なことがあるか!」


 僕は物知り顔の女に怒鳴ってやった。


「僕は未来が読める。未来を先読みしながら生きてきた。悪い結末をタロットの予知で回避することで今を勝ち取ってきた。恐れるものがある訳がないだろう!」


「じゃあ、影が薄くなった原因も分かるっていうの?!」


「占える状態になれば、すぐにでも分かる! いや、こういう異常事態にこそ、僕のタロットは真価を発揮する!」


 怒鳴ってやった。自分が格下だと思い知らせてやるために。


 そうだ、この異常事態は、僕の為にある!


 近いうちにこの町を。踏み台にして首都圏を。そして日本から世界へと。


 絶対に未来を外さない僕の才能とカードがある限り!



「……相変わらずですね」


 ん?


 低い声が、僕の意識を一瞬反らした。


「マコトか?」


「マコト君?!」


 先程より少し暗くなった世界の中、現れたのは、筋肉で体がデカく、強面で、威圧感のある同級生。


 ここ数日、学校を休んで顔も見せていなかったしもべ


 明日原あすはらまことだった。


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