第3話・スクリーンのメッセージ

 月が満ち、欠け、そして再び満ちる時間を示した時計台。


 そして、僕たちの額に刻まれた数字。


 関係ない、と思う方がおかしい。


 針は長針のみ。それが今、0を指している。


 僕は辺りに目を走らせた。


 全員額に数字がある。


 8……15……23……11……。


 年齢や性別と、数字は関係……ない、のだろうか。


 ……ん?


 一人のジジイに目が行った。


 近所の有名な堅物ジジイだ。


 占いを勝手に敵視して、占い師である僕を見かける度に「いい若いモンが占いなんぞに頼らんと」とか「自分で決めることくらい自分の意思で決めんか!」とか色々説教してくる鬱陶しいクソジジイ。


 額には「1」。


 一番少ない数字。


 分数や小数点がない限り、このジジイの数字が一番少ないのは間違いない。


 ……数字の意味するところが分かるかも知れない。



「おい、あれ!」


「何よあれ……」


 ぼそぼそと囁き合う声に、僕もそいつらの指差す方を見る。


 謎の時計台。


 その上にスクリーンにも似た板状の何かが浮かんでいた。


 『神野町かみのちょう在住の諸君へ』


 スクリーン、と思ったそれは、間違いなくスクリーンで、文字が浮かび上がった。


 神野町……僕が住んでいる町であり、高校がある町であり、占いサロンがある僕の本拠地でもある。


 恐らくは、町をこうした何者かがメッセージを送って来ている。


 このスクリーンの告げることを見逃してはならない。


 見上げ、スクリーンを直視する。


 『諸君の額に刻まれた数字は、残り寿命を表す』


 町民どもは顔を見合わせ合うが、僕は一文字すら見逃すかとスクリーンから目を離さない。


 『他人の数字は見えるが、自分の数字を知る術はない。そして、時計台が刻んだ時によって、寿命は失われる』


 ざわざわと声が上がり始める。


「うるさい!」


 僕の一喝に、周りが静かになって、これで安心できると思った瞬間。


「何がうるさいだ!」


「この非常事態に!」


「子供が、事態を分かってるのか?!」


「分かってるさ」


 目をスクリーンから離さず、続ける。


「僕がうるさいと言った理由を、分からないなら教えてやる」


 僕はスクリーンを見上げたまま、物分かりの悪い連中をぶん殴るのを我慢して、親切にも教えてやった。


「今、この町をどうにかしたヤツが御親切にもこの世界のルールを教えてくれようとしているのに、どうして無意味な行動でそれを見逃そうとしている? 事態が分かっていないのは貴様らだ!」


 今度こそ、周りが静まり返った。


 全員の視線がスクリーンに向かう。


 全く、この程度のことが分からないとは。


 いい年をしてそれくらい分からないとは恐れ入る!


 ……しかし、分からないヤツは何処までも分からないらしい。


「人が怯えておるのを混乱させて楽しいか!」


 この声は……あのジジイか。


「クソガキが、偉そうにするんじゃない!」


「クソジジイ、黙れ!」


 また文字が出てきたって言うのに!


 『時計台の針が動くだけでなく、私のしもべが数字を奪うこともある。寿命を縮めたくないのなら、せいぜい私の僕を怒らせないことだ』


 つまり、この町にいる人間は、全員時計台の針と連動する寿命が刻まれている。針が動く以外にも、「私」とやらの僕が寿命を縮めることもあると。


 『この町を出るすべは、私は教えない。せいぜい己の残りの寿命に怯えながら、逃れる方法を考えるがいい』


 すぅっと、スクリーンが消えた。


「……どういうこと?」


 呆れたことに、ユキは今までの情報を分からないでいるらしい。


「貴様、何も見ていなかったのか?」


 大きな溜息が出てしまうのは仕方がない。三人寄れば文殊の知恵、とは言うけれど、物分かりの悪い人間は何人集まっても物分かりのいい人間にはなれない。


「僕たちの額に刻まれているのは寿命。つまりは残り時間だな。恐らくはあの時計台の針が動くと、数字が一つ減り、タイムリミットが来る……という意味だろう」


 あのクソジジイの額に全員の視線が集まり、そして一瞬のうちに散った。見たくないものを見てしまったとでもいうように。


「そして、時計台が動くだけでなく、この町の実質上の支配者の僕とやらがこの数字を減らすことも出来る、ということだ」


「数字を減らす……寿命を減らす……」


「何か町を出る方法があって、町を出なければタイムリミットが来る、ということだろう」


「そ、その方法は?」


 震える声で大の大人が聞いてくる。


「知るか。「私」とやらが教えてくれるのを待つか、自分で考えろ」


 僕はばっさり切り捨ててやった。


 実際の所、針が一つ動かないと、あのスクリーンに書かれたことが真実かどうかはっきりとはしない。


 そして、あの時計の長針が一つ動くのに、どれだけの時間がかかるかさっぱり分からない。


 多分、誰かのタイムリミットが来て、その結果が分かれば、町民は逃げ出すのに必死になるだろう。それまでは動かない……動けない。


 さっき、有象無象どもの視線がクソジジイに集まってすぐに離れたということは、この場であのクソジジイ以外の誰も「1」という数字を持っている人間はいないということだ。つまりは、この僕も「1」ではない。


 クソジジイの数字が減った瞬間。


 ジジイがどうなるかを見届けてから判断するべきだろう。


 全員の視線がジジイに向かい、そして時計台に向かう。


 カチッ、と音がして。


 低い、物悲しい鐘の音が、町中に響き。


 針は1を指していた。

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