第2話・数字とおかしな時計台
一瞬、地震か? と思った。
ぐらりと一揺れ。
そして、部屋の中は真っ暗になった。
占い室には太陽の光が入らないように、遮光カーテンが何重にもかけられているから、これは停電だ。
「きゃあああ!」
ユキが悲鳴を上げて、手に持っていたカバンで頭を庇う。いちいち悲鳴を上げるな、
ぐら、ぐら、ぐらと大地は揺れ……。
いいや?
僕は気付いた。
これは地震じゃない。
地面は横に揺れている。
だが。
僕でなければ気付けないだろうけど、地面は一定方向に向かって揺れている。まるで、重い荷物を引っ張って、動かなくて一旦手を止め、また引っ張るかの如く。
だが、横にずれてどうする? 動いて、横にずれて。大地が千切れるとでもいうのか?
くそっ。揺れでタロットを展開することが出来ない。占えれば今何が起きているか分かるのに!
次の瞬間。
大きく地面が揺れると同時に。
びきぃっ!
と、不吉な音が響き渡った。
まるで、大地を引き裂いたかのような……!
何が起きた?!
僕は普段なら絶対取らない行動に出た。
カーテンを引き、窓を開ける。
おかしい。
僕は日光は好きじゃない。ある程度曇っているのが心地いい。
そんな僕にも、不吉に思わせる、ほんの僅か墨が混ざったような光。
「鏡」
「え?」
「鏡を寄越せと言っているんだ! 馬鹿が!」
ユキが取り落したバッグから、化粧ポーチを引っ張り出す。
「何を……」
「黙れ! 僕に逆らうな! 命じられたらとっとと動け!」
それでも呆然とするユキに呆れ、凡人とはこの程度のものかと思いながら、化粧ポーチの中から手鏡を取り出し、日光を反射させ、太陽が部屋の壁に映るようにする。
「……!」
「な……何……これ、何なの?」
「欠けている……」
間違いない。ほんの僅か、円を描くはずの太陽の形が、欠けている。
「日蝕……馬鹿な!」
科学も馬鹿ではない。日蝕の周期くらい読んでいるはずなのに!
あの三枚のカードは、この日蝕を示していたのか。
くそっ、この馬鹿女が来なければ、今頃、日蝕の原因と解決方法を読み解けていたはずなのに!
いや、今からでも遅くない。
今の状況は地理学や天文学では説明できない。
占い、魔法、呪術。今の世界じゃ正しくないと言われているものこそがこの事態を解決する鍵。そして僕は占い師。ここで原因を探り当てずして、どうやってこの世界の支配者になれるのか。
重かったおかげで倒れなかったテーブル。机の上に散乱したタロットを搔き集める。
「あ、れ?」
ぼくと違って凡人なため、気を取り直すのに時間がかかったユキがぼくの顔を見ている。
「……なんだ」
「おでこの数字……それ……何?」
「はあ?」
さっき日蝕を見るのに使った鏡に自分を写す。
「額に数字……なんて、何処にも」
文句を言ってやろうとして、僕はユキを見た。
……!
「お前の額、数字……」
「え?」
ユキの額には、「18」という数字が刻まれている。
「え? え?」
自分の額を何度も触るので、鏡を放って返してやる。受け止めて自分の顔を写したユキは、何度も自分の顔を見直した。
「数字……見当たらないけど」
「馬鹿な、そこまで大きく「……」と書いてあって」
言って僕は口を押えた。
数字のことを言おうとしたら、声がしなくなった。
「……、……!」
何度か繰り返して、気付く。
何らかの魔術的な制限。恐らくは、自分の数字を知る方法がないということ。
この僕にもそんな術がかかって、他人の数字を声や言葉にできないようにされている。恐らくは、読み書きスマホパソコンでも、自分の数字を知ることが出来ないように。
忌々しいが、裏にいる者が今の僕より一枚上手ということか。
「おい、僕の数字を読んでみろ」
「? 「……」」
案の定、ユキも言葉になっていない。
犯人はかなり性格が悪いと見える。
しかし、この数字が何を表すのか。
……少なくとも、この部屋にいても分からない。
僕はカードを集め、箱に戻してポーチに入れると、机に敷いていたクロスを引っぺがして小脇に抱えて、割り当てられた占い部屋を早足で出た。
◇ ◇ ◇
パニックになっている客や占い師を無視して、僕はサロンを出る。何故かユキもついてきたが無視だ無視。それどころじゃない。
サロンを一歩出て、空を見上げる。
太陽は確かに空にある。
でも、初夏の眩しさには少し足りない。
無理もない、太陽が欠けているのだから。
民衆はわあわあと叫んでいるけれど、まだ何が起きたか把握しているヤツはいないようだ。
民衆の額には、例外なく数字が書かれて……いや違うな、恐らくは刻まれているのか。あの停電と地震の間に何かがあった。何が?
ふと、視界に見慣れない物が飛び込んできた。
町の中心部には役場と広場があるはずだが、そこに塔のような建物が建っていた。
少なくとも、今日、学校が終わってからサロンに来るまでの間にはなかった。あの停電と地震……その隙間に建ったような。
その塔の上の方は時計台のように見える。
円の中に、0、5、10、15、20、25、と、時計のような時計じゃないような数字が刻まれている。
僕は不意に気付いた。
……針が0に戻ったら、数字は30。
30というのは、月が満ち、欠け、そして満ちるまでの数字だ。正確には約29.5日だが。
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