暗闇の予知―僕とあいつとタロットと

新矢識仁

第1話・未来を示すカード

 幼い頃は、不吉な未来しか出ないタロットに怯えていた。


 今は……逆をついて未来を勝ち取ろうとしている。



     ◇     ◇     ◇



 机の上に展開された、十枚のタロットカード。


 ケルト十字スプレッド……タロットでは有名な、十枚のカードを展開して状況を読む並べ方。


 久しぶりに、自身を占った結果だ。


 一枚ずつ開く。


 現在の状況。


「……「塔」の逆位置」


 絵は落雷で崩れ落ちる塔。逆位置でもそんなに意味は変わらない。


 これから先、悪い方に激しい変化が向かうことを意味している。


 障害と対策……キーカードは。


「「悪魔」」


 獣人化した男女を鎖でつなぐ逆五芒星を刻まれた悪魔の絵。


 自分の恐れや否定的なパターンに囚われているからだという。


 可能性は。


「「剣の5」逆位置」


 二人の敗者を嘲笑う勝利者の領主の絵。逆位置ならば敗者を指す。


 僕は誰かに対して争いに勝ったり優位に立ったりしたと思っているが、実際には僕自身や他人を傷つけているとか。


 無意識に考えているのは。


「「杯の3」逆位置」


 三人の乙女が祝杯をあげている絵。逆位置ならば祝福すべきことがない。


 僕は友人や社会的な輪から孤立して寂しく感じており、感情的なつながりや支えを求めている。


 原因は。


「……「剣の7」」


 五本の剣を盗んで逃げようとしている男の絵。


 不正直や不正行為をしたり、自分のものでないものを奪ったりしたことがある。


 間もなく起こることは。


「これが……「剣の10」」


 十本の剣に刺されて倒れている男の絵。


 苦痛で壊滅的な損失や裏切りに直面し、絶望や敗北感に苛まれる。


 本人の状況に対する態度は。


「「金貨の2」逆位置」


 五芒星の刻まれた金貨を絶妙なバランスで持ちながら踊る青年の絵。逆位置ならばバランスが悪いことを示す。


 一度に多くのことをこなそうとして、優先順位や責任をバランスさせることができない。


 影響を受ける周囲は。


「これも……「棒の9」逆位置」


 敵を待ち受けて、敵の襲撃に備える男性の絵。逆位置ならば逆境や敗北。


 前進したり目標を達成したりするのを妨げる敵や障害に囲まれている。


 本人の希望や恐れは。


「……「星」逆位置」


 裸の女性が、両手に持つ二つの瓶から大地と泉に水を注いでいる絵。希望な理想を示すが、逆位置ならば。


 状況に奇跡や好転が起こることを望んでいるが、実際には非現実的で幼稚な考え方をしている。


 最終結果は?


「「愚者」逆位置」


 若者が旅に出ようとしている絵。だけどその足元は崖。


 愚かな決断やリスクを取ってしまい、それが自分に跳ね返ってさらなるトラブルや害をもたらすことになる。



 …………。


「久しぶりに占ってみたらこれか」


 僕は思わず口に出して、展開したカードを崩した。


 僕はサキト。占い師サキト。


 もちろん、リーディングネーム……占い名だ。本名じゃない。


 本名は占部うらべ充人みつひと。占いサロン「方位磁針」でナンバーワンの占い師だ。


 自慢するわけではないけど、僕の占いは、これまで一度として外れたことはない。


 これまで僕の占いで文字通り命の危機を乗り越えた連中は大勢いる。


 全員僕に感謝して然るべきなんだけど、時々逆恨みするヤツもいる。そいつらは……。


 いや。やめておこう。占わなくても、いずれ結果は出る。そいつらはその時に反省し、向こうから僕に頭を下げて、許しを請うだろうから。


 そんなぼくが、占いをやっていて、気にくわないのはただの一つ。


 僕自身を占うと、不吉な結果しか出てこないことだ。


 僕の占いでは、大体未来を表す位置に不幸なカードが来る。


 「塔」は崩れ、「悪魔」が誘い、「死」は笑う。


 占い師で自分のことは占わないというヤツもいるらしいが、それがどうした。僕が僕自身を占うのに何の問題がある。人助けだけで充分だなんて偽善者の言うことだ。そして僕は偽善者じゃない。


 それにしても……今回は極めつけだな。


 タロットは、僕にこれから不吉、いや、そんな言葉じゃ生易しい……正しく言ってしまえば破滅的なことが起こると告げている。


 どのカードも不吉てんこ盛りだ。


 一体何が起きるのか。


 ……確認したほうがいいか?


 同じことを連続で占うのはタブーとされている。だけど、これは事件の結果を探ること。同じことじゃない。


 カードに手を伸ばすと、山にしておいたタロットに右手がぶつかり、山が崩れて展開したカードの上に落ちる。


 まったく……。


 カードを集めようとして、手を止める。


 三枚のカードが、こちらを向いていた。


 「月」と「塔」。「月」の下に「太陽」。


 ふっと僕の頭にある現象が過ぎった。


 ……日蝕?


 月が太陽の支配を崩す、古から不吉とされてきた現象。


 まさか。


 日蝕が起こるとあれば、数か月前から天文ファンは興奮し、興味のない人間も釣られて浮かれ、当日はファンが大勢空を見上げる。


 だけど、そんな兆候はなかった。


 新聞にも、天文雑誌にも、もちろんタロットにも。


 なのに、崩れてきたこの三枚が妙に引っ掛かる。


 ……何だ。これは。


 ここまで胸騒ぎがするのは初めてだ。


 もう一度、占ってみるべきだ。この胸騒ぎを明らかにしない限り、落ち着けない。


 三枚のカードの山の中に入れて、もう一度シャッフルする。


 苛立つ心を気合でねじ伏せ、カードのシャッフルに集中する……。


「こんにちは」


 まだ次の客に入っていいとは言っていないのに、女の声が僕の集中の邪魔をした。


「入っていいと言ってないだろう!」


 怒鳴ると、呆れたような声が返ってきた。


「あなた、ほんっとうに客商売、向いてないわね」


「ここは僕の聖域だ、誰を入れるかは僕が決める!」


 僕の一喝にもひるまない、茶髪をツインテールをにした鈍い女は、呆れた顔で僕を見下す……!


「占いも商売よ? それも、お客さんの今の悩みを聞いて未来への後押しをしてあげる、立派な客商売。だから占いが当たるサロンナンバーワンの占い師なのに、人気が低いの」


 生意気な口を利くこの女は、僕の副業……高校生の、同じクラスの木野原このはら有希ゆき


 占い……少なくともタロットの才能が一切ない癖に、僕に偉そうな口を利く、生意気な女だ。


「せっかくサロン「方位磁針」のナンバーワンなのに……お客にすらそんな態度なんだから、母親のコネとか実は才能がないとか言われるのよ?」


「貴様には関係ない」


 僕はタロットに再び意識を集中する。胸騒ぎは荒波のように押し寄せてくる。その時は近い。


 そして、時は。


 来た。

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