幕間エピソード 白の想い——その1
『ようやく魔力がつきたか……それにしてもまさか人の身であれながらこれだけの魔力を秘めているとは』
わたしは、主殿が眠りについたのを確認して、思わずそう安堵のため息をついた。
世間のことに酷く疎くて、そして同時に酷く甘い単なる人の子供……。
それにも関わらず、弱まっている状態とはいえ今のわたしを圧倒するほどの魔力を秘めていることに空恐ろしく感じてしまう。
「ルドルフ様から……離れろ」
エルフの女がわたしの方を見て、そう凄む。
そうこれもまたわたしが主殿への興味がつきない理由でもある。
エルフの女がわたしに向ける眼差し。
それはわたしと刺し違えてでも、主君を守ろうとする強い決意が秘められていた。
いや……主君ではなく愛する男か……。
エルフが劣等種族して見なしている人族に大してこれほどまでに肩入れをするなど……聞いたことがない。
しかも、この女……おそらくただのエルフではない。
エルフの中でもより高位な身分に位置しているはず……。
『何を誤解しているのだ。わたしは主殿を傷つける気などないぞ』
「わたしは魔獣のたわごとなど信じない。いや……そもそもお前は何者なのだ。魔獣が言葉を解するなど……ルドルフ様をどう騙したのか知らないが、わたしはルドルフ様ほど甘くはないぞ」
確かに……このエルフの女の言うことはあたっている。
主殿はいささか甘すぎる。
我々のような異種族の怪しげなものを近くに置いて、すぐに信頼してしまう。
しかも、つい先ほどまで敵対していたにも関わらず……。
だが……そうしたあまりにも無防備な態度は相手の敵意をなくしてしまう。
わたしのように……。
いやこのエルフの女もまた……。
『まあ主殿が甘いのはわたしもそう思うがな。だがお前だってわたしと似たようなものだろ。迫害されている可哀想なエルフの少女か……。フフ……主殿はお前のことはそう思っているようだが。主殿を騙しているのはいったいどちらだ?』
「……お前はやはりただの魔獣などではないな」
わたしを見つめるエルフの女の殺気がさらに高まる。
どうやらこの女にとっては主殿への思いを侮辱することは何よりの禁句らしいな……。
ますます興味深い。
エルフの女がこうまで人族の子に入れ込むとは……。
『少し落ち着いたらどうだ。別にわたしは主殿を害する気はないし、ましてやお前たちの関係を壊す気もない。むしろ先ほどの茶番劇にも付き合ってやっただろう?』
「……茶番劇だと?」
「ああ……茶番劇だろう。確かに人族の脅威であるエルフのお前が街に行けば間違いなく大きな争いが起きるだろう。だが別にそれでもさしたる問題はないはずだ。お前とわたし、それに主殿の魔力を持ってすれば、辺境の人族の街の一つなど容易く殲滅できるはずだ」
「……ルドルフ様はそんなこと望まない」
エルフの女は顔をしかめて目をそらす。
その視線の先には主殿がいた。
エルフの女が主殿を見る目。
それは先ほどまでわたしに向けていた殺意とはあまりにも対象的な優しい目であった。
わたしはわかっていて、あえてエルフの女を挑発していた。
街を滅ぼすのは容易い。
だが、争いには必ず代償を伴う。
それは勝者であっても変わらない。
主殿がこのエルフのために、同族の人間たちを殺せば、その時主殿は確実に今の甘さを無くすだろう。
敗者であるはずのわたしを殺すことをためらい、治療をしてしまうというありえない甘さを……。
それはつまり……主殿は強大な力を持つありふれた者になるということ。
そして、主殿はもう今の主殿ではなくなってしまうということ。
力を持つ者はこの広大な世界では多くいる。
だが、強大な力と甘さを同時に持ち合わせている者をわたしは知らない。
だから、わたしは主殿に興味を持っている……いや率直に言えば惹かれているのだ。
フフ……まずいな。
エルフの女をからかっている場合ではないのかもしれない。
わたしもこの短い時間で大分主殿の甘さにまいってしまっているようだ。
主殿がこのエルフの女に向ける眼差しにいささか嫉妬しまうほどに……。
『提案だ。エルフの女よ。わたしもお前も秘めていることはある。だが、主殿に対する思いは互いに本物なのではないか。ならばここはしばし主殿のために、互いの秘密には触れずに、主殿のために協力して行動しないか』
「……わたしは会ったばかりの魔獣を信じることなどできない」
『頑固な女だな……。先ほどあれほど協力してやったというのに。まあお前のためではなく、主殿のためにやったのだが。それにしてもまさか……主殿があそこまでお前のことを大切に思っていたとはな。正直なところ協力したことを後悔してしまったほどだ』
そう言うとエルフの女は顔を赤くする。
「あ、あれは……そ、その……わたしも意外だった」
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