第27話 ひとまずの決着

 クレアはただ黙って聞いているように見えた。

 

「わたしも……わたしもルドルフ様と……一緒にいたいです」

 

 不意にクレアは顔を上げてそう言う。

 クレアの大きな目は涙で潤んでいた。

 

 そして、俺と目が合う。

 俺とクレアはしばし見つめ合っていた。


「えっと……クレア……」


「は、はい……」


「その……とりあえずまた俺と一緒に行動してくれるってことでいいよね……」

 

 クレアはその問いかけには答えなかったが、ただ黙ってうなずいてくれた。

 その時、クレアはわずかに微笑みを浮かべた。

 

 その瞬間、俺はこの世界に来て……いや前の世界でも感じたことのなかった感情を胸に抱いた。

 

 嬉しさ、満足感、いやそのどれでもない——名状することができない心の中に広がるこの感情はしかし……とても温かいものであった。

 

 これで……一件落着……なのか。

 

 いや……本当のところはまだ何も問題は解決していない。

 これからクレアとどうやって行動をともにしていくのか。

 

 ずっと森の中にいる訳にもいかないだろう。

 きっと俺はいつかどこかで何度もこの選択を後悔するだろうと思う。

 

 人の覚悟や気持ちは移ろいでいくものだ。

 特に困難に見舞われた時、人の気持ちは至極あっさり変わってしまう。

 

 しかし……それでも俺は、今この瞬間だけはこの選択を正しいものだと感じている。

 

 それだけで……十分だ。


 

『主殿。よくぞ言ったぞ。しかし……女の扱いにはまだまだ慣れていないようだな……。この場面で何もせずにただ目をあわせているだけなど……。やはり女心がわかっていないようだな』


 俺がそんな風に感動に浸っている最中、白がそう口を挟んできた。

 思いっきり空気を読まない白のこの発言で、俺は完全に水を差さされた形になった。


 溢れんばかりに湧き上がっていた俺の感情は沈静化し、代わりに理性の声が湧き上がってくる。


 そして……途端に今さっき自分がしていたことを冷静に振り返ってしまい、どうにも気恥ずかしくなる。


 クレアも俺と同じ気持ちだったのかはわからないが、俺とクレアはほぼ同時にそそくさと見つめ合っていた目をそらす。


「あの……ごほん。そ、その……ルドルフ様。これからどうされますか」

 

 クレアが顔を赤らめて、咳払いをしながらそう言う。


「え、えっと……と、とりあえずどこかで一息いれようか……」

 

 俺もクレア以上に動揺しながら、とりあえずごまかすように言う。


『おお主殿。それならば良い場所があるぞ』

 

 と……白がまた得意気な表情を浮かべながらそう言う。

 白には色々とつっこみたいことや言いたいことがある。


 が……白のおかげでクレアと再会できたのもまた確かであるし、その知識が役立つのも認めざるを得ない。


 俺は何とも微妙な表情をして、

「白。えっと……それなら……案内してもらうか」

と言うと、

「もちろんだ。ではまたわたしの上に乗れ」


 白は俺のそうした感情にはまるで気づいていないようだった。

 俺はそんな白にやや呆れ——いやある意味感心しながらも、


「はあ……まあ……いいか。わかったよ。ところでクレアも上に乗っても大丈夫なのか」

 と、クレアの方をチラリと見る。


『エルフの女ひとりが追加されても、わたしにとっては大差がない。まあ……主殿以外の者に上の乗られるのは正直好かんが、主殿の頼みならしようがない』

 

 クレアはジロリと白を睨んで、

「わたしは獣の助けなど借りずとも一人で歩ける」

 と、剣呑な視線を送る。


『まあ……そう怒ることはない。安心しろ。エルフの女よ。わたしはお前と違って、主殿に対して主従の気持ち以外を抱いてはいない。だからわたしと争う必要はないぞ』

「な! なにを言っているんだ。こ、この獣は……。わたしはただルドルフ様の——」

 

 相変わらず白は訳のわからないことを言っている。

 クレアが怒るのも無理もない。

 

 が……ここで内々で揉めていてもしかたがない。

 クレアには悪いが、白の走りの方がはるかに早いのもまた事実である。


「とりあえずここは白に任せよう。クレアも色々と疲れていて、少し休憩が必要だろうしさ」

「……わかりました。ルドルフ様がそうおっしゃるのなら……」

 

 クレアは不承不承うなずく。

 俺が白の上に乗ると、クレアがその後ろに続く——。

 

 と……俺はここであることに気がついた。

 白の上は二人で乗ると窮屈であることに……。

 

 それはつまり俺とクレアはかなり密着する必要があることを意味する……。


『ではいくぞ』

「お、おい……ちょっ——」

 

 相変わらず白は行動が早すぎる。

 俺がクレアとの位置取りをどうしようか考える間もなく、白は既に走りだしていた。

 と……後ろからクレアの両手が俺の体を包み込むように伸びてくる。


「も、申し訳ありません。ルドルフ様。つい——」

「い、いや。全然大丈夫。俺も振り落とされそうだったから……」

「そ、そうですか……。それなら……しばらくその……失礼します」

 

 クレアはそう言うと、その両手の力を増して、ほとんど俺は後ろからクレアに抱きしめられているような格好になった。

 クレアの露出した両手、両足が直接密着する形となり、はっきり言って男としてはかなり嬉しい状況である。


 ところで——


 実のところ先ほどから俺は、クレアを抱きしめたいという強烈な衝動に駆られていた。

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