第26話 覚悟の末の告白

「だ、だから……それがなんだっていうんだよ」


「主殿がこのエルフの女と一緒に街に行けば、まず間違いなくこのエルフは捕らえられる。そして、運が良くて奴隷、順当に行けば死罪、悪ければ拷問の末に死罪といったところだ」


 白はそう言って再び俺を見る。

 しばしの間を空けた後で、白が再び口を開く。


「そして……主殿も必ず何らかの咎を負うことになる。主殿はエルフと違い人族でしかも高貴な身であるから、死罪になることはないだろうが、それでも重い罪を負わされる可能性が高い。集団の掟を……秩序を乱した者としてな」


 白はそこまで言って、俺の方をただじっと見つめる。

 白の黒目がより一層黒く染まっているように俺には見えてしまった。


 その目は俺の覚悟を試しているように見えた。

 主殿はそこまで考えているのか……そう言っているように思えた。


 俺は……そんな覚悟を持ち合わせてはいなかった。

 白は俺の浅さを……軽さを……すっかり見透かしているようだった。


 言葉でかっこいいことを言っても、俺にはそれを実際に引き受けられるだけの心構えなどまるでないことを……。


 俺が押し黙ってしまったのを見て、白はさらに言葉を続ける。


「このエルフの女は主殿がそうなることを恐れたのだ。それならば……いっそ自分が主殿の前から姿を消せば良いとな」

 

 俺はクレアの方を見る。

 クレアは顔を下にむけたままで、その表情はわからなかった。

 

 俺は……何か言わなければならなかった。

 

 大丈夫だ。クレア俺にまかせておけ。

 そんなことにはならない。俺がなんとかする。

 

 そういう物語の主人公らしい言葉だ。

 だが……俺は声がでなかった。

 だって……それは嘘だからだ。

 

 これは物語ではないし、俺は主人公ではない。

 常識もルールもわからない異世界で、着の身着のままで逃げてきた一人の男だ。

 白が話した内容の真偽は確かめようもないが、クレアの反応を見る限り、おおむね正しいのだろう。

 

 つまり、俺はこのままクレアと一緒にいれば人の社会と敵対することになるということだ。

 そこまでしてクレアと行動を共にする意味があるのか……。

 

 意味はある。

 固有値を維持するためにはクレアが側にいなければ——

 

 いや……待てよ……側にいる必要はない。

 現にクレアとこれだけ離れていても、クレアは「臣下」のままで、固有値増加の恩恵も維持されていた。

 

 つまり、クレアとこのまま行動を別にしても、俺の固有値は維持される。

 むしろ……好都合じゃないのか。

 

 一緒に行動していなければ、ボロが出ることもないから、「忠誠度」が下がる可能性は少ない。

 

 それに……クレアの性格もある。

 俺の考えが正しければ、クレアはこれまでの人生において、あまりにも人から酷い扱いを受けてきた。


 そのせいか自分を過剰に卑下するし、自分に与えられた優しさを過剰に評価する傾向がある。

 

 それならば……やはり俺がここでクレアを見放しても「忠誠度」は維持されるのではないか。

 

 俺はクレアを見ながら、一分たらずの時間にここまで打算した。

 

 そうだ。

 これが人間というものなんだ。


 いざとなればとことんまで自分のことだけを考える生き物。

 俺が特別ではなく、誰もがそうなのだ。


 会って数日しか経っていない見ず知らずの少女のために、社会と敵対する選択をする人間がどこにいる。


 ましてや俺はこの異世界に何らの身寄りも知り合いもいないのだ。

 それが出来るのはリアルではなく物語の中の選択だ。


 だから、人は物語を読むのだ。

 リアルの自分には出来ない正しく美しい物語を見て、憧れるために……。


 だが、これは物語ではない。

 俺はこの見知らぬ異世界で生き抜いていかなければならないのだから。


 このまま……俺が無言のまま顔をそむけていれば、クレアはきっと自ら去ってくれる。


 それが……一番俺にとって都合のよい合理的な選択。

 不意に——その時、一陣の風が森の中を駆け抜けた。


 クレアは風で吹き上がる髪を自分の手で押さえて、耳を隠そうとしている——


 ああ——クソ!

 俺はクレアがこのままいなくなるのを見ていられない。


 我慢ができない。

 一時の感情で非合理的な選択をするなんて愚かだとわかっている。


 それでも……我慢ができない。

 ただ……それだけだ。


 俺はクレアを見捨てることができない——いやしたくないんだ。

 だから——


「俺は……俺はクレアと一緒にいたい! それがどれだけ困難なことなのかよくわかっていないし、それにどうすればよいのかもわからない。正直なところ白の話しを聞いて少し……いやかなりビビってたりもする。それでも……一緒にしてほしい。それが……俺の望みだ」

 

 気がつけば俺は感情のままにそう声を張り上げていた。

 格好良く言えれば様になったが、そんな余裕は俺にはなかった。


 ただ……どうにもコントロールできない自身の湧き上がる思いのままに声を出していた。

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