第25話 本当の覚悟
クレアは一瞬、体をびくりと震わせるが、顔をうつむかせたまま無言のままだった。
俺はしばらく待っていたが、クレアはいつまでもそのままだったため、
「……その言いづらいこともあるとは思うけど、話してくれないかな?」
と、口火を切る。
しかし、それでもクレアは無言をつらぬき、顔をこちらに向けようとすらしない。
なんというか……完全に嫌われている気がする。
客観的に見れば、俺は少女——クレア——のことを追いかけ回している未練がましい勘違い男……いや下手をすればストーカーのオッサンなんじゃないのか?
自分の今の様子——困っている少女と少女を詰問している男——を俯瞰して見たヴィジュアルが脳内で再生されて、俺は思わず恥ずかしさと惨めさで胸が詰まってしまう。
「えっと……うん。あの……クレアの気持ちはわかったから。ごめん。何か追いかけて引き止めるような真似をしてしまって……」
と、俺はズキズキする心を抑えながら、一言一言をなんとか口に出す。
「……がいます」
「え……」
「……違うと言っているのです!」
クレアは突然顔を上げると、そう大声で言う。
「えっと……何が……」
「わたしはその……ルドルフ様と……できればご一緒に……」
しかし、またもクレアは顔をうつむかせて、声も聞き取ることができないほどか細くなってしまう。
そして、そのまままた押し黙ってしまう。
うむ……クレアの意図していることがさっぱりわからない。
一応愛想をつかされた訳ではないのか……。
いや……しかし……。
『お主ら! いい加減にせんかい! 男女のことに外部の者が横から口を出すなど、無粋の極みだとはわかってはいるが。これ以上見てはいられないぞ』
突如として、横で大人しく座っていた白が吠え……いや喋りだす。
「な……あ、あの魔獣……なぜ言葉を」
クレアは突然のことに白の方に顔を向けて、驚きの表情を浮かべている。
それはそうだろう。
いきなり魔獣が話し出すのだから……。
いや……待てよ。
白のやつ……。
魔獣も言葉を解するのは当たり前で、それを知らない俺は無知の極みのように言っていたが……。
クレアの反応を見る限り、やはりこの世界でも魔獣が言葉を話すのは異常なことなのだろう。
俺は白の方を向いて、睨む。
が……白は一瞬だけ視線を合わせて、すぐにそそくさとそらしてしまう。
『……ごほん。わたしのことはひとまずいいだろう。今は主らの話しなのだからな……。主殿、あのエルフの女が何故突然消えたのかを知りたいのだろう? わたしが代わりに話してやろう』
白が突然そんなことを言い出し、俺は半信半疑……いや疑いの目を向ける。
「え……いや……なんでお前が……」
クレアの反応はもっとあからさま……というか激怒して、顔を紅潮させていた。
「な……ふ、ふざけるな! お前のような魔獣にわたしの気持ちがわかってたまるものか」
クレアがここまで感情を露わにするのは初めてに近いことだったので、俺はその反応にびっくりしてしまった。
『まあ落ち着け。とりあえずわたしの話しを聞いてみろ。わたしとて種族は違えど、女の身なのだから、お主の考えはそれなりにわかる。それを他人に言われることがいかに羞恥なことかもな……』
白はそこで一度言葉を切って、俺の方を呆れたように見る。
『が……しかたないのだ。我らの主殿があまりにもこの……女心がわかってはいないからなあ……』
え……いや……俺のせいなのか。
俺は白の突然の振りにただ唖然とする。
「……わ、わたしは……別に……」
クレアは何故か恥ずかしさそうに顔を赤らめている。
白は俺とクレアを無視して、
『さてと……本題に戻るぞ。このエルフの女が主殿の前から消えたのはこの女がエルフだからだ』
と、トンチみたいなことを言い出す。
「いや……白。お前、いったい何言っているんだ?」
俺は白のトンチンカンな答えに呆れてしまい、思わずため息を漏らす。
これではクレアもさらに怒っているに違いないと、チラリと見る。
が……彼女はハッとしたように目を見開いている。
『ここまで言ってもまだわからないのか。いや……そうか。主殿は記憶を失ったとこの女と話していたな……それでか……』
白は納得したようにそうひとりごちた後、
『よいか。主殿。このエルフの女と人族の主殿が一緒に連れ立ってすぐ近くの人族の街に行ったらどうなるか……。エルフの女はそれを恐れたのだ』
と、言う。
クレアの顔には明らかに影が宿っていた。
まるで言われたくないことを言われてしまったかのように……。
どうやら白の言っていることは当たっているようだ。
そして、この中で俺だけが未だに事情がよくわかっていない。
俺は少し苛立たし気に、
「白。いい加減に勿体つけるのはやめてはっきり言ってくれ。クレアと街に行くことがそんなに問題なのか? クレアがエルフだから、それを理由に差別されていることは知っている。でも、俺はクレアがエルフでも全然気にしない。周りから白い目で見られても俺は……平気だ」
と、言い放つ。
クレアがエルフだからと言ってそれがいったい何だと言うんだ。
俺は本心から気にしていない。
クレアに俺の気持ちをきっちりと伝えるために、そうはっきりと言いきった。
これでクレアも安心するだろう。
しかし、クレアを見ると、ただ悲しげな表情を浮かべたままであった。
「主殿の心意気は立派だ。が……わかってはおらぬようだ。主殿がどう考えようとも人族の他種族……エルフに対する偏見は根深いものがあるのだ。それこそ人族ではないわたしでもそのことを知っているほどにな。主殿一人がどう考えようとも人族の中のソレは変わらない」
白はその漆黒の目で俺を見る。
その黒い瞳にはなんとも言えない重みがあった。
俺は白のその剣幕に気圧され、うろたえてしまう。
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