第24話 白の乗り心地

「……事情はわかったよ。とりあえずお前が一応俺を信用してくれてよかったよ。あらためて頼むけど、クレアを探すのを手伝ってくれないか」


 白は一瞬呆気にとらわれたかのような表情を見せた後、さもおかしそうに笑う。


『フフ……主殿。そういうところだぞ』


「えっ? 何がだ?」


『いや……なに。そのような態度を極自然に我らのような配下の者に取るのだからな……。あのエルフの女が自ら消えた理由もよくわかるというものだ』

 

 相変わらず白の話しの内容はさっぱり見えてこない。


 俺が怪訝な顔を浮かべていると、白は

『——いやまあ……主殿に女心をわかれと言うのも無理があるか』

 と、一層楽しそうにしている。

 

 おいおい……さすがの俺も魔獣の白よりは人の……いや女性の気持ちはわかっていると思うぞ。

 

 いやいや待てよ……白の声は明らかに女声だし、白もメス……女性だから、もしかしたら俺よりもクレアの気持ちがわかっているのか……。

 

 心の中で俺は一人自問自答していると、ひとしきり笑い終わった白が

『よし。主殿。それではあのエルフのところに行くとしよう。わたしの上に乗れ!』

 と、声を上げる。


「乗れって……お前の上にか。大丈夫なのか……。人の体重は意外と重いぞ」


『……先ほどもそうだが、主殿はわたしを過小に評価するきらいがあるな。人間ひとり乗せたところで、たいした負担にはならぬ。早くあのエルフの女のところに行きたいのだろ』


「そ、そうか……。それなら頼む」

 

 自信満々で身をかがめた白の上におそるおそる足をかける。

 俺には馬に乗った経験もなければ、当然巨大な獣の背の上に乗ったことなどない。

 

 白の上に騎乗した感覚を一言で表すと、「不安定」という印象しかない。

 たしか鐙とか馬具が開発されるまでは乗馬は大変な難易度だった——とどこかで読んだ気が……。

 止まっていてもこんなに不安定だったら、走り出したら——。

 

 と、俺は思いっきり嫌な予感を抱いたのだが、白はさっさとその巨体を大きく震わせて、走り出す。


「お、おい! ちょっ——」


 俺がそう言った時は既に視界の景色は車で走行しているかのように後ろへ後ろへと飛んでいっていた。

 

 ほんのわずかな時間で白はそこまで加速したのだ。

 確かに白が自信満々に言うようにその疾走速度は人ひとりの重みを抱えているとは思えないほどに速い。


 しかし、乗っている俺からすればその乗り心地は最悪である。

 正直乗っている最中、何度振り落とされる寸前までいったかわからないくらいだ。


 このスピードで振り落とされて、地面の岩にでも頭をぶつけたらタダでは済まないだろう……。

 

 俺はそんな恐怖を抱えてただひたすら振り落とされないように白に夢我夢中でしがみついていた。


 そんな訳で白の上に乗っていた時間は大分長く感じたので、実際のところどれくらい走っていたのかわからない。


 数分あるいは数十分かもしれない。

 

 と……走りに集中しているせいか、終始無言だった白が突如として、

『いたぞ』

 と言い、そのスピードを緩める。

 

 それは急ブレーキも同然だったために、俺はこの異世界でも慣性の法則が適用されることを嫌というほどに体で学ぶ羽目になった。


「お、おわ——」

 

 と、言葉を吐く前に既に俺の体は宙へと浮いて、前へと思いっきり吹き飛ばされてしまった。

 

 はっきり言って死を覚悟するくらいの衝撃だったに違いないのだが、俺は自分でも驚くほどにしっかりと受け身を取っていた。


 手足が少し痛みはするが、起き上がって、「止まる前に事前に言ってくれよ……」と白に文句を言えるくらいの余裕があった。


 白は俺の言葉を無視して、目線を別の方に向ける。

 俺がその目線を追うとそこには……クレアがいた。


「る、ルドルフ様。ど、どうして……」

 

 クレアは突然現れた俺を見て、酷く驚いていた。

 俺も、クレア同様に……いやクレア以上に驚いていた。

 

 白を信じていない訳ではなかったが、まさかこんなにもすぐにクレアを見つけられるとは思ってもみなかったからだ。

 

 クレアを見つけたら、色々と言おうと思っていたことがあったのだが、今この瞬間、俺は何も言うことができなかった。

 

 ただ一言、「クレア……」と名前を呼ぶことくらいしかできなかった。

 

 本当はいの一番に何故突然消えたんだ、ということを聞きたかった。

 だがそれを言って、クレアの口から答えを聞くのが怖かった。


『あなたには愛想をつかしました』


 目の前ではっきりとクレアにそんな身も蓋もないことを言われてしまったら……。

 そんなことを考えてしまって、俺はどうにも言葉に詰まってしまった。

 

 クレアも顔をうつむかせたまま無言だった。

 

 そんな風に、互いに何も言うことができずになんとも言えない気まずい空気がしばらく続いた。

 

 と、突然、白が「グルゥゥ!!」と吠える。


 思わず白の方を見ると、『主殿……さっさとすませてしまえ』とそんな呆れ顔をしていた。


 わかった……わかったよ。

 確かに……いつまでもウジウジしていてもしかたがない。


 俺は覚悟を決めるため、大きく息を吸い込み、

「あの……さ。クレア。どうしてその……突然消えたの?」

 と、言う。

 

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