第20話 新たな臣下と新たな懸念

 皮肉なことに、「治す」、「壊す」という正反対の動作にも関わらず先ほどライトニングを放った時と俺の感触はほどんど同じだった。


 あまりにも自然かつ無自覚に魔法は顕現する。

 唯一違うのは、発動した際の見た目だけである。

 まばゆい光が白の体をつつみ、やがてその光はすぐに霧散する。


 ぱっと見た感じだと白の傷はまだ生々しく残っている。

 失敗なのか……。

 そう思った矢先、


「グルウゥ!?」


 と、白が吠え出す。

 そして、勢いよくその場から立ち上がり、狐につつまれたような表情を浮かべて、その場をあてどなく回る。


 まあ……白は人ではないから、表情を読み取るのは困難なのだが、それでもはっきりとわかるくらいに困惑しているのが見て取れた。


「ルドルフ様……。何をされたのですか?」

「癒やしたのかな?」

「何故!?……そんなことを」


 クレアは、敵であるはずの白の傷を治した俺の行動が理解できないといった様子で、唖然としている。


 俺としても自身の心情を言葉でクレアに説明するのはとても無理だと思いそれ以上は何も言わなかった。


 白はしばらくその場をウロウロとした後、俺等の方に向き直り「グルゥゥゥ!!」とけたたましく唸る。


「ルドルフ様に何か考えがあるのはわかります。ですが……」


 クレアは白の方を向いて、臨戦体勢を取る。

 結局俺の自己満足に過ぎなかったか……とそう思いかけていた時、不意に宙に浮かぶ何かが目に入る。


『臣下の数が増えました』 

『新しい臣下の名称・・・白』

『臣下……白の忠誠度が50%に達しました。臣下……白の固有値を倍カウントで上乗せします』


 久々に例の通知が現れたかと思うと矢継ぎ早に次々と浮かんでは消えていく。

 俺は通知を必死になって目で追う。

 脳をフル回転させて、浮かんでいった文字はなんとか頭に入った。

 

 が……どうにも理解ができない。

 目の前で俺等に向かって牙を剥き出しにして、吠えまくっているこの魔獣が俺の臣下になった……なんて簡単には信じられない。

 

 現にクレアにいたっては魔法を放とうと準備をして……いやもう火球が宙に浮いている。


「ち、ちょっと待て」

 

 俺は慌ててそう叫び、白の方を見る。

 白は相変わらず吠えまくっていたが、俺の方を見た後、しばし静止し、ついで突然身を翻して、仰向けにその場に倒れる。

 

 これは……降伏、服従ポーズではないだろうか。

 大型犬の1.5倍はあろうかと思われる巨体の白が仰向けになり、「グルゥ」と吠えている様は無防備な今の格好でもかなりの迫力がある。

 

 俺はおそるおそるではあるが、無防備に俺に差し出しているその白い腹を撫でてみる。


「グルゥ! グルゥ!」

 

 と、白は勢いよく吠え立てはするが、こちらに襲いかかってくる素振りは微塵もない。

 よくよく白の顔を見ると嬉しそうにはしゃいでいるように見え……なくもない。

 

 俺はこの段になってようやく先ほどの通知を信じ始めていた。

 もっとも、俺でさえこんな調子なのだから、クレアは白に対して以前として警戒心を露にしていた。


「これは……何かの儀式……いえ仲間でも呼んでいるのでしょうか? いずれにせよ迅速に処分を……」


 なんと言えば、白がもはや敵でないことをクレアに納得してもらえるか。

 時間はあまり残されていない……。

 何せクレアは今にもは白の腹に火球を投げ込む勢いなのだから……。

 

 結局、俺は自分の統治者スキルのことをややオブラートに包んでクレアに説明することにした。

 

 クレアが俺の配下になっていることや、忠誠度の件を話す訳にはいかないから、その点には触れなかった。

 

 俺の説明をひとしきり黙って聞いていたクレアは、その大きな目をさらに大きくさせて、驚きの表情を浮かべる。


「つまり……魔獣を手なづけた……いえテイムしたということですか。ルドルフ様は魔獣を従わせられる……魔獣使いの才をお持ちだったのですか?」

「いや……俺もそこら辺は……何せ記憶がないから……はは……」

 

 俺が曖昧にはぐらかすと、クレアはしばしうつむき考え込んだ後、俺の顔をまっすぐに見る。


「ルドルフ様。わたしが言えることではないのですが……この能力を誰かの前で見せることは控えた方がよろしいかと思います」

「……魔法みたいに恐れられるから?」

「そう……です。いえ……魔法よりもその……」


 クレアは言いづらそうな顔を浮かべて、そこで言葉を濁す。


「クレア。はっきり言ってくれ。俺にはこの世界の知識がかけているから、知っておきたいんだ」

「そう……ですね。魔獣を使役する能力は全ての種族から……嫌悪されています。この世界に存在する種族はすべからず女神によって創造されたとされており、女神の祝福を受けているとされています。女神からの祝福、寵愛の強さは各種族によって様々な言い分はありますが……。いずれにせよ魔獣はこの祝福から外れた存在と見なされており、およそ全ての種族から忌み嫌われているのです」


「……エルフからもか」

 

 俺がひとりそうつぶやくと、クレアは、珍しく大きな声を上げて言う。


「……わたしはたとえルドルフ様が魔獣使いであろうとも、いっこうに構いません」

「あっ……いやクレアのことは信頼しているから……。ただ、まあ……誰かの前で使うのはやめておいた方が良いのはよくわかったよ。それでクレアは実際のところ魔獣使いを見たりしたことはある?」

「いえ。直接はありません。せいぜい噂くらいでしか。魔獣を使役できるスキルも非常に稀なものと聞いていますし、先ほどお話した事情もあるので、そもそも表舞台に出るような者たちではありませんから」

「なるほど……」

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