第14話 不幸な少女を利用する主人公

 俺が持っているスキルは使い方次第ではあるが、かなり役立つ。

 宙に浮く自分の固有値を見て、俺はあらためてそう確信した。


 とはいえ、臣下の能力や忠誠度に大きく影響を受けるのがネックではある。

 つまるところクレアからの信頼を失えば、俺は固有値がオール1に逆戻りだ。


 プレッシャーで思わず胸が痛くなる。

 サラリーマン生活でも仕事それ自体より人間関係が何よりも苦手で嫌いだった。


 人の行動や感情は予測がつかないし、不安定だ。

 それよりも予測ができるもの——例えば、機械——の方がはるかによい。


 だから、俺は人付き合いを避けて、ゲームばかりしていた。

 ゲームは予想がつくし、自分が注ぎ込んだ分だけ見返りもある。


 だが、人との関係はそうはいかない。

 他人がどう思うかなんてそれこそ全くわからない。

 自分の感情だってコントロールできるか怪しいのだ。


 俺は、クレアの忠誠度の表示をもう一度見る。

 現に今だって、クレアがどうして俺をここまで評価してくれているのかわからない。


 いや……本当のところはなんとなくはわかっている。

 クレアの忠誠度がまた上がっているのを見て確信してしまった。


 クレアは人に対する評価基準がかなり低いのだ。

 少しの優しさがクレアにとっては、何倍……下手をすれば何十倍にも感じられる。


 もしかしたら、俺が非道を尽くしてきた男——ルドルフ——ということも大きいのかもしれない。


 不良やヤクザがちょっとした良いことをすると、めちゃくちゃ評価されて、普段から真面目な人間が良いことをしても見向きもされない……というやつだ。


 俺はそういうのが嫌いだったが、今自分が同じことをやっているのかと思うと自己嫌悪に陥ってしまう。


 いや俺の方がそういう人間よりもっと悪質なのかもしれない。

 俺は、意図的にやっているのだから。

 はっきり言ってしまえば俺は不幸な少女——クレア——を利用しているのだから。


「ルドルフ様。申し訳ありません。大変お待たせしてしまいました」

「おわっ!」

 

 不意に後ろからクレアに話しかけられて、思わず間抜けな声を出してしまう。


「どうされたのですか。大丈夫ですか」

 

 クレアが心配そうに一点の曇りもない純粋そうな眼で俺を見つめてくる。

 まさかクレアとの関係で悩んでいたという訳にもいかない。


「ご、ごめん。ちょっと色々と考え事をしていて。ま、まあそれより準備は順調にいった?」


「そうですね……屋敷にあるものでなんとか準備を整えました。本当なら森を抜けるのであればもう少し装備を充実させたいのですが、街に寄ることはできないので仕方がありません」


 そういうクレアの足元には、粗末な麻袋のようなものが二つ置かれていた。

 大分ズッシリとした重さがあるようだが、一応背負えるように簡易な紐が備え付けられている。

 

 中には何が入っているのだろうかと麻袋を見ていると、クレアが俺の視線に気づいて、


「数日分の食料、衣服、それに……お金です」

 

 と言い、中から小袋を取り出す。


「屋敷にあったお金はこれが全部でした」

 

 その後でクレアは、さも当然といった様子で、「どうぞ」と言い、立ったまま両足を肩幅くらいまで広げて、両手を上げる。

 クレアは、メイド服から着替えていた。

 

 上下ともシンプルなベージュ色で統一されていて、動きやすい服装をしている。

 と、最初はこんな風に冷静な感じで見ようしたのだが、はっきり言って今のクレアの服装は、目のやり場に困るほど魅惑的であった。


 動きやすいということはつまりは肌の露出が多く、クレアの魅力的な体をかなり強調するデザインになっている。

 

 上衣はノースリーブになっていて、ウエスト部分は細く、ベルトのようなもので、引き締められており、その柔らかな曲線はクレアの優美なくびれを一層魅力的に見せていた。


 下の衣服は、太ももの中程までの長さのスカートで、その裾は薄いレースで飾られ、両サイドには大胆なスリットが入っており、少し動く度に美しい脚がチラリと見え隠れしている。


 俺はそのクレアのあまりにも魅力的な容姿にしばし言葉を失い、息を呑む。


「あの……ルドルフ様。どうぞ」

 

 クレアにそう言われてようやく我に返る。


「えっ……と、な、何かした方がいいのかな?」

「あの……はい。わたしの体を調べてもらえれば……」

「え!? な、なんでそんなことを!?」

 

 クレアの予期せぬ言葉に動揺して、俺はまたもかなり変声になってしまった。


「メイドのわたしが、屋敷にあるルドルフ様……ご主人様の財貨をお調べして、そこの袋に入れました。ですから、ご主人様であるルドルフ様が、その……わたしが財貨を窃取していないか、お調べをされた方がよろしいかと」


と、クレアはそんなとんでもないことを言い出す。


「その……もしかして……俺はそういうことを今までクレアにしてきたのか」

「はい。この屋敷には財貨は必要最小限のものしかありませんが、一応わたしが財貨の管理を行っていたので、毎日ルドルフ様はお調べされておりました」

 

 クレアは、ただ淡々と言う。

 とても落ち着いているクレアの様子がなおさら俺の心をざわつかせる。

 嫌味や恨みの言葉を投げつけられた方がある意味ではまた良いかもしれない。


「あのさ……クレア。俺はもうそんなことは二度としないからさ」

「そう……ですか」

 

 そういうクレアの表情にはさしたる変化は見られなかった。

 まあ……今まで散々なことをやってきた男が「二度としない」と言ってもそりゃ信用されないだろうな。

 現に俺は今もクレアの美貌に見とれて、きっと随分とだらしない顔を浮かべているんだろうし。


「……ルドルフ様」

「は、はい!?」

 

 クレアにタイミングよく名前を言われて、思わず俺は自分の下心を見抜かれたんじゃないかとまたも声がうわずってしまった。


「準備も終わりましたし、そろそろ出発した方がよろしいかと。街からかなりの距離があるとはいえ、あまりゆっくりするのは危険です」

「う、うん。た、確かにそうだ。それでは行こうか」


 そんな感じで我ながらなんとも締まらない出発の号令となってしまった。

 クレアは特段気にする様子もなく、地面に置かれた袋を二つ持ち上げる。

 華奢な体のどこにそんな力があるのかと思うほど、クレアは大して苦もなく袋を背負う。

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