第13話 リアルでちっぽけな正義感とクレアの笑顔

俺は顔を挙げて、


「ごめん。都合が良すぎる話しだった。今まで散々な——」

「ち、違います! そうではなくて……ルドルフ様は記憶を無くされたとのことなので、まだよくわかっていらっしゃらないかと思うのです。わたし——いや我々エルフと一緒にいることがどういう意味をもつかを……」 


 クレアはそう言うと視線を上げて俺の方をじっと見つめる。


「ルドルフ様……あなたは人族です。それに貴族でもあらせられます。たとえ、領地から追放されようともルドルフ様の家柄であればいくらでも生活を営んでいけます。わたし……エルフと行動を共にする必要なんてどこにもありません」


 まるで子供を諭すようなそんな口調だった。


「い、いや、でも——」

 

 俺はそれ以上言葉が続かなかった。

 俺を見るクレアの瞳の奥には有無を言わせない迫力があったからだ。

 

 俺が押し黙ってしまうと、クレアは視線を反らし、遠くの方——深い森の彼方——へと視線を向ける。


 その横顔は酷く寂しげな表情をしていた。

 またもこの顔だ。

 この顔をしている時のクレアはどうにも大人びた表情を見せる。

 

 全てを達観し、全てに対して諦めているような表情。

 苦労に苦労を重ねて老年を迎えた者が見せる表情。

 いずれにせよクレアのような若い年頃の少女が見せるような表情ではない。

 

 こんな顔をこんな少女にさせるなよ。

 

 別にそんなことが言えるほど俺は大層な正義感を持ち合わせている訳ではない。

 前の世界でも恵まれない外国の少女や少年は散々見てきたはずだが、俺は一度たりとも何か行動を起こしたことはない。


 ただ可哀想だなと数秒思い、すぐ忘れてスマホをスクロールしただけだ。

 彼らや彼女たちはスマホ——動画——の向こう側にしかいなかった。

 

 だが、クレアは今間違いなく俺の目の前にいるリアルな存在だ。

 現実世界では実感がわかずに異世界でリアルさを感じるなんて酷く皮肉な話しだ。


「俺は確かにまだよくこの世界のことをわかっていないけれど、とにかくクレアと行動を共にしたいと思っている。もちろん、クレアがよかったらだけどさ」

 

 クレアは俺の方に向き直り、何かを確認するかのように瞳を大きく見開く。

 そして、小首を横に何度か振りながら、

 「……ルドルフ様は、おかしいです。なんでそんなに毎回わたしの予想を裏切ることばかり言ったりするんですか。この世界はわたしたちに……いえわたしに残酷でないとおかしいんです。なのに……どうしてそんなに優しいんですか」

 

 と、声を震わせる。

 

 優しい……のか?

 

 いや、優しいのはクレアだろう。

 俺を見捨てずに今もこうして一緒にいてくれるんだから。


 あまりにも人から酷い扱いを受けてきたせいか、クレアの基準は大分おかしい気がする。

 クレアのそうした弱点を利用しているみたいで俺としては大分自分自身に罪悪感を抱いてしまう。


 しかし、それでも今の俺にはクレアが必要である。


「クレア、一緒に来てくれないか」

 

 俺はクレアの瞳を見つめて、もう一度ハッキリと言う。


「……わかりました」

 クレアは、静かにそううなずき、また顔を森の方へと向ける。

 表情は変わっていないように見えた。

 が……一瞬だけクレアは優しげな笑みを浮かべたように見えた。

 

               ◆


 ほぼ倒壊寸前の屋敷の庭で、俺はしばし隣接する広大な森を見つめていた。

 クレアと一緒に逃亡することが決まってから一時間くらいが過ぎていた。

 ついついクセでポケットを触るが、そこには当然スマホはない。

 

 だから本当のところ俺は時間の感覚はいまいちつかめていない。

 クレアはいったん屋敷へと戻り身支度をしている。

 俺も一応準備をしようと思ったのだが、クレアに「わたしが準備をするので、ルドルフ様はここにいてください」とやんわりと断られてしまった。


 正直なところ俺はどういうものが屋敷のどこにあるのか全くわからない。

 いても邪魔になる……と言葉には出していないが、クレアの目はなんとなくそう言っているような気がしたので、俺は大人しくここで待っていることにした。


 異世界転生して、別人として生まれ変わって、魔法まで使ったというのにそれでもまだどこかで俺はこの世界が自分が元いた世界と同じなんだとなんとなく思っていた。


 しかし、いざ外に出て深呼吸をして、目の前に広がる森林を見ると、ここが別世界なんだとまざまざと感じる。


 別にあからさまに異様な木が生えていたり、妙な生き物が目の前に飛んでいるという訳ではない。


 ぱっと見ると、どこか外国の森林と言っても通じるのだろうが、俺はなぜかここが完全な異世界なんだと妙に納得してしまった。


 きっと俺の脳にある数億とか数十億の細胞とかが、無意識レベルで地球上の生物の特徴との細かな違いを認識して、壮大にエラーメッセージを出しているんだろう。


 まあ……深く考えてもしかたがない。

 そもそもコレだって十分異常なんだから。


 クレアを待っている間に俺は自分の固有値を再度確認していた。

 目の間の宙に浮く文字の羅列。


 というより、これ見た瞬間、異世界転生したって実感湧くべきなんだろうが……。


 コレはコレで何か最新のARとかVRデバイスみたいな感じで逆に元いた世界を思い出してしまうんだよな。


「名前」・・・ルドルフ・ヴィスマール

「力」・・・31(+10×3)

「魔力」・・・202(+67×3)

「体力」・・・49(+16×3)

「幸運」・・・13(+4×3)

「スキル」・・・鑑定

「ユニークスキル」・・・統治者レベル2

「臣下」・・・1人(クレア)


確認した時に、今ではもう見慣れた通知が表示される。


『臣下の忠誠度が75%に達しました。臣下の固有値を3倍カウントで上乗せします』

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