第11話 森の中の屋敷とクレアの長耳

 よっぽど衝撃的だったのか、兵士たちは押さえつけていたクレアの拘束を解いて、ただ自分たちの目の前に突如として現れた巨大な氷塊を見上げている。


「クレア! 今のうちだ! こっちに!」


 俺がそう言うと、クレアは拍子抜けするほど簡単に兵士たちの包囲から抜け出し、俺の元へと駆け寄ってくる。


「……ルドルフ様。やはり魔法を……でもこんな威力のものを使えるなんて」

 

 クレアもやはり驚いてはいるが、カールたちと違ってその表情に恐怖の色はない。

 むしろ俺が同じ『魔法』の使い手だったことを確信できたことにほっとしたのか、微妙に顔が和らいでいるように感じた。

 

 さてと……とりあえずクレアを助けることはできたが、これからどうするか。

 これでカールがさっきみたいにおとなしく逃げ帰ってくれればよいが。


「こ、これは……お、お前がやったのか! る、ルドルフ……き、貴様……ま、魔法を、貴族の身で汚らわしい魔法を使うなど!」


 カールは放心状態からはようやく解放されたらしい。

 が、とはいえカールはまだ先ほどのショックから抜け出ておらず、口から出る言葉は支離滅裂で混乱状態といってよい有様であった。

 そんな状態ではあるがカールはまだ諦めてはいないらしい。


「ふ、フン! ど、どうした! こ、これで終わりか! ルドルフ。わかっているぞ。お前ら魔法使いはせいぜい一発程度しか魔法を使えないことをな」

 

 カールは俺が何もしないでいることを魔力切れと解釈したらしい。


「ふ、フハハハ! どうやら図星らしいな! 所詮はクズのすることよ」


 勢いを取り戻したカールはまた例の下品で耳障りな高笑いをする。

 カールの様子につられて、兵士たちも士気を取り戻したのか体勢を立て直して剣を構えだす。


「ルドルフ様……」

 

 クレアが心配そうに俺の方を見つめている。

 確かに俺は予想以上に肉体が疲労していた。

 カールが言うこともあながち間違ってはいないのかもしれない。

 

 クレアの様子から判断しても、魔法というものは何発も連続して使用できるものではないらしい。

 とはいえ俺には少なくともあと数発は魔法を使うことができるという感覚があった。

 まあ……ここらへんもおいおいクレアに確認をしないとな。


 今はこの状況を切り抜けないとな。

 いい加減にこのカールの笑い声も四角い顔もウンザリだ。

 俺は先ほどの要領で意識を集中させる。

 

 同じ魔法を使ってもよいが、カールたちに恐怖を抱かせるのには別な魔法の方がよいだろう。

 俺はそう思いもう一つの魔法を使ってみることにした。

 先ほど以上に両手が焼けるように熱くなり、たまらず両手から力を放出する。

 カールたちと大分距離を離したところに放ったつもりだった。


 だが両手に感じた猛烈な熱さのためかコントロールはかなりいい加減になってしまい、実際には彼らの目と鼻の先に真っ赤に燃え盛る直径一メートルの火球がかすめた。


 思わぬ事態ではあったが、カールたちを恐れさせるという目的には資する結果になった。

 カールは文字通り腰を抜かし、「あ……ひ……」と、涙目になっている。


 兵士たちも同様で、半分は剣を捨ててさっさと逃げ出す始末である。

 残った半分もカール同様に戦意喪失していることは明らかであった。

 俺は、火球によってさらに広がり、空いた壁を見る。

 それにしてもあれだけ大きな火の玉が直撃して、なぜ火災が生じていないのだろうか。


 そんな関係ないことが脳裏に浮かぶほどに現実離れした威力だった。

 視線を戻すと、そこにはカールはもういなかった。

 火球で空いた大きな穴というよりもはや第二の玄関になった場所に、カールが全速力で駆け出していた。


 ガチャガチャと完全装備の鎧を不格好に軋ませてそのまま逃げ出してしまう。

 残されていた兵士たちは自分たちの主の逃げ足の速さに一瞬唖然としながらも、すぐにその後に続く。

 

 かなりの距離——おおよそ100メートル——離れてから、カールは俺の方へと向き直る。


「る、ルドルフ! こ、このままですむと思うなよ! 次は我がヴィスマルク家の家臣総出で成敗してやるからな!」


 と、あの耳障りな声でがなり立てているようなのだが、あまりにも距離があるおかげでその声は大分耳に優しかった。

 視界からカールが完全に消えると、俺はふうっと大きなため息をつく。

 と、不意に足元がふらついてその場に倒れ込みそうになる。


 自分では意識していなかったが、やはりなんだかんだ言ってもかなり気を張っていたらしい。


「ルドルフ様! 大丈夫ですか!」

 

 近くにいたクレアが駆け寄ってきて、目を細めて心配そうな顔を向ける。


「うん……まあ。なんとか」

 

 強がりではなく本当だった。

 現金なものでクレアの可憐な顔を見たら疲れも吹き飛んでしまった。

 男ばかりのブラック企業に若い女性が何故か一人いる理由がわかった気がした。


 ……また関係ないことを考えてしまった。

 俺は咳払いをしてごまかし、


「えっと……クレア。ちょっと色々と聞きたいのだけれど」

 

 と、話しを変える。


「ルドルフ様。それは良いのですが……落ち着いて話せる場所に移動された方が……」

 

 クレアは申し訳なさそうにそう言いながら、あたりを見回す。

 クレアにつられて俺も周囲を見る。

 壁は盛大に吹き飛び、あたりには瓦礫の山が散乱している。辛うじて倒壊はしていないが、よくよく見ると今にも屋敷全体が崩れてもおかしくはない有様であった。


 これを俺が……いや俺とクレアの魔法がやったのか……。

 改めて魔法がこの世界で禁忌とされる理由がわかった気がする。


「た、たしかに……」

 

 俺はクレアと一緒に、屋敷の庭へと移動した。

 庭に出てあたりを見回す。

 あらためて考えると、俺はこの世界にきてようやく屋敷の外を落ち着いて見たことになる。

 

 外の景色は俺が考えていたものとは大分違っていた。

 屋敷の庭の向こうには広大な森林が広がっており、庭とそれらの森との境界は曖昧で、ほとんど一体化していた。

 てっきり街中にいるかと思っていたが、目に飛び込んでくる鬱蒼と茂った森を見るに、とても近くに街があるとは思えなかった。


 人里離れた森の中にポツンと突如として一つ立派な屋敷だけ立っている……大分チグハグなイメージだ。


 隔離されている。

 そんな考えが頭に浮かんだ。

 固有値が「オール1」の出来損ないの領主の次男と、忌み嫌われている魔法使いのエルフ。


 街から体よく隔離するための場所だったのかもしれない。

 俺がしばし外を見ながら考え込んでいると、


「ルドルフ様は街から離れたこの場所がお嫌いですけれど、わたしは静かで好きです」

 

 クレアが髪を風になびかせて微笑している。

 そよ風が一瞬だけクレアの長耳を露出させたが、ほとんど反射的にクレアは長耳をあわてて隠し、笑みを消してしまう。


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