第10話 冷徹な怒りと魔法詠唱

「わたしは投降いたします。抵抗は一切しません。ですからルドルフ様の安全は……」

「ふ、フフフ……。エルフにしてはなかなか殊勝な女よ。い、いいだろう。貴様が抵抗せずにおとなしくするのなら、ルドルフのやつは助けてやってもいいだろう」

 

 カールは表面上は先ほどと変わらずに上から目線の物言いではあったが、クレアと正面切って闘わずにすむことにあからさまに安堵しているのが見て取れた。

 

 クレアの魔力は兵士を複数人引き連れていてもかなりの脅威なのだろう。

 って……そんな分析はどうでもいい! 

 なんでクレアが俺のために投降するんだよ!


「クレア! そんな必要は……」

 

 俺は抗議の声をあげようとするが、クレアはもうその時には両手を上げてカールたちの前へと進み出ていた。


「ふ……フハハハ! よ、よし! 今だお前ら。さっさとこの汚らわしいエルフを捕らえよ!」

 

 カールの声を合図にして兵士たちが一斉にクレアに飛びかかる。

 クレアは壁に体を押し付けられて、兵士の男たちに羽交い締めにされてしまう。


「ふ……フハハハ!! よ、よし! これでもう魔法は使えまい! こうなってしまえばエルフの女など恐れるにたりん!」


「おい! クレアに乱暴をするな!」

 

 俺は思わずそう声を荒げていた。

 誰かに大して面とむかってここまで怒りを露にしたのは社会人になってから……いやこれまでの人生ではじめてのことかもしれない。


「ルドルフ! 貴様は本当にクズだ! 仮にも貴族の身の上で薄汚いエルフに入れ込みおって!」

「……や、約束……です……る、ルドルフ様は……」


 クレアは兵士の男たちに拘束され苦しそうにしながらもそう漏らす。


「馬鹿めが! 約束というのは人と人の間にのみ有効なのだ。貴様らエルフのような家畜と約束をする者がどこにおる!」


 カールはひきった笑みを浮かべながら、剣を抜き俺に向ける。


「このクズも薄汚いエルフのお前も死罪に決まっておる! だがまずはルドルフお前からだ! この身の程の知らずのエルフの女の前で首を晒してやるわ! グフフ!! どんな顔をするか楽しみだ!」


 この男は本当にどうしようもない。

 だが……それにしてもおかしい……。

 なんで俺はこんなにも冷静……いや恐れずにいられるのだろう。

 そうなのだ。


 俺はカールと兵士たちが今にも斬りかかってこようとしているのに恐怖を感じることもなく立っている。

 最初にカールに剣を向けられた時には恐怖のあまり取り乱していたのに……。


 怒りが恐怖を紛らわせているのだろうか。

 いやそれも違う。

 確かに今も怒ってはいるが、われを忘れるほどではない。


 今はただこの男と兵士たちを排除することに意識が向いている。

 やはりこれも固有値の爆上げが原因なのだろうか。


 そういえばこの男……カールの固有値はどの程度のものなのか。

 俺がそう思考し、カールに意識を集中させると、カールの頭上の宙に文字と数値が表示される。

 どうやら『鑑定』スキルはこんな感じで発動できるらしい。


  「名前」・・カール・ヴィスマルク

  「力」・・・20

  「魔力」・・・1

  「体力」・・・25

  「幸運」・・・3

  「スキル」・・・なし

  「ユニークスキル」・・・なし



 態度の割には固有値は大したことないんじゃないのか。

 カールの固有値は今の俺のそれ以下である。

 では兵士の方はどうだろうか。


  「名前」・・・兵士A

  「力」・・・13

  「魔力」・・・1

  「体力」・・・15

  「幸運」・・・2

  「スキル」・・・なし

  「ユニークスキル」・・・なし


 正確な名前が表示されない。

 これは俺がこの兵士のことを知らないからなのだろうか。

 『鑑定』スキルの条件も色々と試す必要があるな。

 

 だが今はその点についてはどうでもいい。

 固有値が把握できれば十分だ。

 複数の兵士の固有値を鑑定したが、どの兵士も似たりよったりの値であった。


 カールは偉ぶるだけあって、一般の兵士よりも固有値はやや優れているということか。

 このように鑑定スキルで色々と状況を分析したりと頭で色々と考えていたのだが、実のところ数秒しか経っていない。


 だからという訳でもないが、カールたちは俺の行動をほとんど警戒していない。

 そもそもカールも兵士も先ほどから用心しているのはクレアの行動のみだ。


 俺の固有値が『オール1』であることをカールは知っているのだろうか。

 全く相手にされないのは少し思うところはあるが、これはこれで好都合ではある。

 魔法とやらをこのクズ野郎のカールにぶつけてやる……と決めている俺からすれば……。


 一度も使ったことがないのに、俺には「使える」という確信があった。

 自分の固有値に書かれているということもあるが、それよりも自分の身体感覚によるところが大きい。


 どうやら意識をせずとも息を吸ったり吐いたりできるように、ある程度の魔力があれば『魔法』を行使できるらしい。


 俺はごく自然に魔法——『アイスニードル』——を使うことを思考する。

 と、一瞬にして俺の体全体が熱くなる。特に両手が酷い。


 俺は発熱している両手を前に突き出して、カールたちの目の前にその熱を放り出す。

 ガリガリという水が凍りつくような大きな摩擦音がすると同時に、ついでズシンという何か大きなものが地面に落ちてきたような音がこだまする。


 カールたちの目の前には彼らの背丈よりも大きな氷塊が数個地面から突き出ていた。

 これが……アイスニードルか。


 こうして目の前で見ると自分で使っておきながら今さらだが、思った以上に迫力がある。

 いきなりこんな巨大な氷塊が間近に現れたらはっきり言って脅威以外のなにものでもない。


 カールたちの様子を見ればそれがよくわかる。

 カールは口をあんぐりと大きく開けて、最初驚愕の表情を浮かべていた。

 そして、その顔はすぐに恐怖に染まっていく。

 周りの兵士たちもおおむねカールと同じような反応をしていた。

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