第8話 クレアの涙と異世界の現実

「な……んで。そんなに優しくするのですか! わたしは、エルフなのに……、魔法を使ったのに……こんなのおかしいです!」


 その有無を言わせぬ切実な物言いに俺は圧倒されて、ただ黙って彼女を見ているしかできなかった。


「あなたは……酷い人でないといけないんです。わたしの……エルフのことをいつも罵って、わたしに酷いことをする人。だからわたしはあなたのことを憎もうと……それでなんとかなっていたんです。それなのにこんな……突然人が変わったようになって……私のために自分の身を投げ出すなんて」


 クレアはそう言い、その場に崩れるように膝をつき、泣き出してしまう。

 今日何度目だと思うくらいの突然の事態に俺の頭はまたも大混乱した。

 結局のところ、混乱状態の俺の頭が導き出した解は、とりあえずクレアを落ち着かせるという当たり障りのないことだった。


「く、クレア。そ、そのとにかくいったん落ち着いてさ……」


 そう言う俺も、声は裏返り、まったく落ち着いてはいなかった。

 こういう場合は、本来ならば胸でも貸すべきなのだろうが、目の前で女性に……しかもこんなに綺麗な人に泣かれる経験など、俺の今までの……いや前の人生では全くなかった。


 そのため、情けないことに俺はただ近くでアワアワしていることしかできなかった。

 しばらくそんな感じで俺はオロオロしていたのだと思う。

 俺はとりあえず場をおさめようと、ほとんど思いつきに近い感じで


「クレア! 落ち着いてくれ! 俺、記憶をなくしたんだ!」

 

 と、そう大声で宣言した。

 その発言が良かったのかは別として、とりあえずクレアは、泣くのをやめてくれた。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、


「それは……いったいどういうことですか」


 と、呆然とした表情で問いかけてくる。

 あまり深く考えずに出した言葉ではあったが、今の俺の事態を説明するにあたって、それほど間違ってはいない。

 

 異世界転生したという事実は別にしても、今の俺の振る舞いはほとんど記憶喪失で説明はつく。

 だから、アドリブに近い状態であったが、それなりの説得力を持ってクレアに自分の状態を説明することができたのではないかと思う。

 実際、俺の話を聞いた後、クレアは、頬を傾けて


「……そういうことならば……確かにルドルフ様の様子が変なのも説明がつきますね」

 

 と、ウンウンと頷いてはいる。

 が、それでもやはり俺を信用できないらしい。

 これまでのルドルフの行いを考えれば、クレアが俺の言うことを信用しないのは当然といえば当然である。


「……ですが……」


 と、疑わし気な視線を送ってくる。

 泣きはらしてやや腫れぼったくなったその目はいつものような鋭さはなかった。

 だが、その分クレア本来の年齢である少女っぽさがより鮮明に映る。


 そんな目で見られると、どうにも申し訳ない気持ちになってしまう。

 結局のところ、クレアの感情を乱しているのはルドルフであり、俺なのだから。


「……という訳だから、本当に申し訳ないのだけれど、俺は……そのクレアにどういうことをしていたのか記憶が……ないんだ。それに、この世界……いやこの国の常識とかそういうのすら覚えていない」


 俺は、一言一言慎重にクレアの様子を見ながら話していく。

 特に次の言葉には慎重になった方がいい……そう俺は思っていた。


「だから、エルフや魔法とかがどう意味を持つのかわからないんだ」

 

 クレアは、やはりというか「エルフ」、「魔法」という単語に、傍目から見てもわかるほどに大きな反応を示した。

 体をビクッとふるわせて、目線も俺からそらしてしまう。

 やや沈黙が続いた後、クレアは目線を俺の方に戻し、じっと見つめてくる。

 その吸い込まれるような緑がかった美しい両目で見られると、ドギマギしてしまう。


「わたしをからかっている……という訳ではないんですよね」


 クレアは、そう言うと、やや間を置いて、意を決したように、両手を自分の頬に当てて、さっと髪をかきあげる。


「この耳を見ても、そう言えますか……」

 

 クレアの耳はやはりというか、エルフのそれであった。

 先が尖っていて細長い形状。

 今まで、アニメやゲームで散々見てきたものだけれど、こうしてリアルで見るのとはやっぱり全然受ける印象が違う。

 

 クレアの美しい顔との相乗効果もあるのだろうけれど、その細やかで優美な耳は、なんというか大げさではなくて、本当に幻想的な美しさを放っていた。

 そんな訳で俺はエルフの耳をリアルで初めてみた感動にただただ圧倒されていた。


「すごい……綺麗だ」

 だから、思わずそんな言葉が漏れていた。


 クレアは、その言葉にひどく驚いて、俺の顔を見る。

 何かを確かめるように先ほどよりもさらに俺の目を覗き込むようにじい——っと見つめてくる。

 随分と……距離が近い……いや近すぎる。


「そんな目で……私たちの……いえわたしの耳を見た人間はあなたが初めて……。本当……なのですね。本当にルドルフ様は記憶がないのですね……」


 クレアの顔からは驚きの表情が立ち消えて、今は少し安堵したような表情を浮かべている。

 ひとまずクレアにとっては俺の話をようやく信用することができたらしい。


 その後、クレアは、淡々とこの世界において、エルフや魔法がどう人々に思われているのかを話してくれた。

 既に想像はついていたが、やはりエルフはこの世界においては相当に差別されているらしい。

 差別されている原因を一言で説明するのは難しいらしいが、大きな原因は、2つ。


 人間と外見が異なること、それにエルフは強い魔力を持ち、魔法が使えること。

 人間も魔力を有しているものは稀にいるが、エルフのようにほぼ全員が強い魔力を有しいることはないらしい。


 見た目が違って、自分たちより強い異能力——魔力——を持っていれば当然人はそういう者たちを排除しようとする。

異世界まで来て、そういう身も蓋もない現実は見たくなかったが、結局のところ異なる世界だって、暮らしている者たちの性質はそんなに変わりはないということなのかもしれない。


 世知辛いなあ……なんてつい現実的なことを考えたからなのか、俺はふとあることを思い出した。

 

 そういえばクレアの固有値の魔力ってどれくらいだったのかと。


「名前」・・クレア・イルーナイト

「力」・・・21

「魔力」・・・134

「体力」・・・32

「幸運」・・・9

「スキル」・・・***

「ユニークスキル」・・・***

「忠誠度」・・・50%


 魔力134か。やっぱりこれくらい数値が高いと、威力も……。


 というか、忠誠度がメチャクチャ上がっているんだが!?


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