第7話 クレアの寝顔と魔法の威力

 意識を取り戻した時、感じたのは体の違和感だった。

 何か重いものが体の上に乗っている。

 そんなことを思って、目を開ける。


 視界に映るのは、俺の寝ている体……。

 うん? 俺の上には……。


 クレアがいた。


 大きな瞳は閉じていて、俺の体によりかかっている……いや抱きついているといった方が正確かもしれない。

 クレアの柔らかい体の感触が肌越しに伝わるほどに密着している。


 彼女はメイド姿のまま寝ていた。

 そして、その美しい顔も彼女の寝息を感じられるほどに近い。

 いや……というか近すぎる。


 その状況を俺の視界は確かに捉えていたけれど、頭の方は処理できなかった。


「うわ!」


 と、俺は予想だにしない事態に思わず我ながら間抜けな言葉を出して、ベッドから飛び起きる。

 その拍子に上にいたクレアを押しのけてしまったため、彼女はベッドから投げ出される格好となってしまった。


 当然、クレアはその際の衝撃で、起きてしまう。

 最初、クレアは眠気眼をしていたが、すぐに驚きの表情へと変わる。


 そして、クレアは俺の方に勢いよく飛びかかってきて、そのまま抱きついてくる。

 俺は、その拍子にそのまま地面に倒れ込んでしまい、またクレアが俺の上に乗る形になった。


 しかし、クレアはそんな状況にも構わずにただ目を潤ませながら、俺の方を見つめてくる。

 俺はその時になってようやく意識を失う前の場面が脳裏に浮かんできた。

 

 そう……俺はカールに斬られたはずだ。

 だが助かったのか。


「ルドルフ様……ああ……本当によかったです……」

 

 クレアは、俺の生存を確かめるかのように両手で包み込むように頬に触れている。

 すぐに終わるかと思ったが、クレアは、しばらくずっとそのまま俺の頬に手を置いたまま、大きな瞳で俺の方を見つめている。

 

 頭が冷静になるにつれて、俺は次第にこの気恥ずかしい状況に耐えられなくなってきた。

 何せ、俺の上には美しい少女がメイド姿で馬乗りになっていて、顔がくっつくかというほどに密着している。

 

 はっきり言って男であれば一度は夢見てしまうほどの嬉しい状況ではあるのだが、いざ現実に起きると、色々と問題が起きてしまう。

 

 とくに差し迫った問題は、俺の生理的な問題だ。

 クレアがこれだけ俺のことを心配してくれているのにも関わらず、俺の体……というか下半身の一部は、不謹慎極まりないことに、クレアのあまりにも魅力的な体に反応しつつあった。


「あ、あの……クレア。そ、その……とりあえずお互い離れない? 状況も聞きたいし」

 

 と、目線をそらしてシドロモドロになりながら言う。 

 その言葉で、クレアも我に返ったのか、


「え? あっ! も、申し訳ありません。し、失礼をいたしました」

 

 と、俺から体をぱっと離して、立ち上がる。

 クレアは、今までの状況を大分恥ずかしく思ったのか、頬を紅潮させていた。

 なんとなくお互いに気まずい感じになり、俺もクレアもしばし顔をそらし無言のままいたずらに時が流れる。


 さすがにずっと沈黙している訳にもいかないので、


「そ、その……クレア。あの後いった何があったのかな」

 

 と、話を切り出す。

 クレアの方も、その言葉でいつもの冷静な顔に戻り、少し間をおいて簡潔に話す。

 クレアの話をまとめると、カールはあの場から退散し、斬られた俺は助かったということになるのだが……。

 肝心な点が大分というか……全部省略されている。


「えっと……どうしてあいつは……いや兄上は帰ったのかな」

 

 クレアは、一転して気まずそうな表情になり、


「いえ……帰ったというよりは……帰ってもらった。いや……追い出したというか」

 

 と、しどろもどろになり、


「……ルドルフ様。下の応接室を見て頂いた方が理解がはやいかと……」

 

 申し訳なそうな顔を浮かべて、しゅんとうなだれる。

 とりあえず俺はクレアとともに先ほどの応接室へと向かう。

 が、扉を開けるまでもなかった。

 

 というか……扉はもうなかった。

 部屋の半分が半壊し、壁はほとんど吹っ飛んでいて、外の庭が一望できる有様であった。

 豪華な応接室は、見るも無残な瓦礫の山とかしていた。


「こ、これは……いったい」

 

 俺がその状態に唖然としていると、


「ルドルフ様……。も、申し訳ございません! わたしのせいです。わたしがその……魔法を使ったせいで……」

 

 と、クレアが最敬礼というほどの角度で、頭を下げる。

 状況がまるでつかめない俺は平身低頭に謝るクレアをなだめすかせて、とりあえず状況を説明してもらった。

 

 要は、この部屋の状況はクレアが放った魔法が原因らしい。

 そして、カールは、その威力に恐れをなしてそそくさと退散したということだった。

 わかったような、わからないような……。


 クレアの説明で一応の理解はできたが、やはり「魔法」という言葉はどうにもすぐに腹に落ちるものではない。


 それこそアニメやゲームでは腐るほど「魔法」を見てきたが、こうして生でその効果を見るのとは印象がまるで違う。


 俺が「魔法」の威力をリアルで見て思ったこと。

 それは、魔法ってこんな威力があったのかという驚きだった。

 いや……「魔法」というくらいなのだから、強力なのはある意味当然なのかもしれない。


 しかしリアルにその威力を間近で見ると思わず空恐ろしくなってしまう。

 なにせ目の前にはまるでミサイルを打ち込まれたかのようにレンガの壁が瓦礫とかして散乱しているのだ。


 こんなのが人に放たれたらそれこそ……。

 俺は、思わず身震いしてしまった。


「ルドルフ様……。本当に申し訳ありません。エルフのわたしが、禁忌とされている魔法をこんな場所で使用して……お屋敷も壊してしまうなんて……。どんな処罰でも受ける覚悟です」

 

 クレアは、神妙な面持ちで、俺の方を見つめている。

 クレアに助けられた俺が、何故かクレアに謝られるという奇妙な状況に俺は思わず先ほど感じた恐怖を忘れて、ただ困惑してしまう。

 

 それだけ魔法というのはこの世界においては禁忌なのだろうか。

 確かにこれだけの破壊力がある魔法とやらは危険だ。

 しかし、俺は先ほどカールに殺されかけていて、クレアはそんな俺を守るために、魔法を使ってくれた。


 俺はクレアに感謝することはあれども、その行為を責めるなどとてもできない。

 そんな恩知らずな奴などいないだろう。


「処罰なんて……そんなことするわけない。クレアは俺を助けてくれただけだ。感謝しかない。本当にありがとう」


 俺は、ただ当然のことを素直にクレアに伝えた……つもりだったのだが、クレアにとっては、俺のその言葉はえらく衝撃的だったらしい。

 

 クレアは、酷くうろたえた様子で、体を小刻みにふるわせた後、その眼で俺をじっと見据える。

 そして、こらえていたものを吐き出すように、


「……どうして……ルドルフ様。あなたが……そんなことを言うのですか」

 

 と、声を震わせる。 

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