第5話 俺の家族もやっぱりゲスだった

 先ほどのクレアの態度でわかっていたことだけど、こう容赦なく現実を突きつけられるとそれはそれで悲しくなってしまう。

 

 念の為、固有値を確認すると、最初と同じく『オール1』に戻っていた。

 ついでに、何か妙に落ち込んでしまった。

 先ほどまでやけに気分が高揚していたのが嘘みたいだ。

 それにしてもあまりにも気分の落差が激しい……ような。


 クレアが泣いて出ていったのは確かにショックだけど、幸か不幸か俺はこれまでの人生を通じて辛いことに一定の耐性が出来てしまっている。

 嫌なことがあってもその度にいちいち引きずっていたら、30代の独身男は生きていけない。


 それなのに、今はどうしようもなく気分が落ちる。

 異世界転生という未曾有の事態が起きているのだから、いつもと違う精神状態になっても不思議ではないが。


 それでも……これは何か違うような……。

 ふと、自分の固有値が脳裏にちらつく。 

 これってまさか固有値が落ちたことと関係があるのか。


 確信はないが、なんとくなく正しい気がする。

 固有値——人の能力値——の変動が表面上の力だけでなく、精神に作用してもおかしくはない。

 

 どちらにせよ色々なことが急に起こりすぎたせいか、俺は大分疲れてしまっていた。

 起きて……いや異世界転生してからおそらく1時間も経っていないけど、とりあえず寝たい。

 

 幸い今のベッドは大きくフカフカで寝心地は最高だ。

 それに寝るのは現実逃避をするためにも最適だ。

 嫌なことがあったら、とりあえず寝るに限る。

 

 異世界転生してまで現実逃避することになるとは思わなかったが……。

 俺はそんなことを考えて、ベッドに体を投げ出して大の字になる。

 やはりベッドの寝心地は最高で、俺はそのまま二度寝してしまった。


 「……人様」


 耳元にささやくような声が聞こえて目が覚める。

 何だ……何だ。せっかく良い気分で寝ているのに。

 また新聞か何かの勧誘か。

 うるさいなと思いながらも、とりあえず体を起こすと、


「ご主人様。お休みのところ申し訳ありませんが、来客でございます」


 吐息が聞こえるくらい近くにメイド姿の美少女——クレア——がいた。


「うわっ!」


 俺は、驚いて思いっきりそう叫んでしまった。


「……失礼しました」


 クレアは顔色ひとつ変えずに一礼すると、部屋の隅へと引っ込んでしまう。

 そこでようやく俺は寝ぼけていた頭がクリアになった。

 そうだ、俺は異世界転生して、メイドのクレアと話して、何故か嫌われて……。


 目をパチパチさせながら、クレアの方をチラリと覗き見る。

 変わった様子は見られない。

 美しく優雅で冷静なのは相変わらずで……それとやけに事務的に感じる。

 クレアが不意に顔を上げたために、目があってしまう。


「先ほどは大変失礼いたしました。メイドの立場でありながら、ご主人様に失礼な物言いをしてしまい誠に申し訳ありません」


 クレアはそう言うと、深々とお辞儀をする。 


「い、いや……そんな——」


 と、俺が言い終える前に、


「ご主人様。お客様……兄君のカール様がお待ちしております。あまりお待たせさせるのは失礼かと……」


 クレアは、俺の言葉を打ち切るようにそう言う。

 そう言われてしまえば、俺としてもクレアに従わざるを得ない。


 本当は先ほどのことを誤り、事情を聞きたかったが……。

 クレアの態度を見るに話したくないオーラが如実に出ていた。

 表面上の態度は穏やかだが、クレアは明らかに怒っているように見えた。


 仕方なくクレアの案内に従い、部屋を出る。

 ここで俺は初めて異世界に来て部屋から出ることになる。

 

 部屋の外は、やはり貴族の屋敷というイメージにふさわしい豪華さを備えていた。 

 装飾が施された天井が続き、廊下もかなり長い。


 廊下には何個もの大きな窓があり、外から眩しいばかりの光が差し込んでいる。

 貴族……伯爵の息子か。

 この屋敷の豪華さを見ると、自分の能力以外——出自や経済力——はそう悪くないよな。


 意外と能力がなくともやっていけるかも。


 俺が、そんな都合の良いことを考えてしまうほどに、屋敷の内装は素人目に見ても圧倒的な豪華さを誇っていた。


「カール様はこちらでお待ちです」

クレアはそう言い、部屋を開ける。

 

 部屋は、俺がいた寝室と同じくらいの広々とした大きさだった。

 大きなテーブルが部屋の真ん中に置かれており、そのテーブルを囲むようにゆったりとした椅子が複数置かれている。


 いわゆる応接室といったかまえの部屋である。

 その内の一つの椅子に、男が座っていた。

 男は、年齢的には俺——ルドルフ——より少し上の年齢、20代後半くらいだろうか。


 がっしりとした顔立ちの上に生え揃った短い金髪がいやに悪目立ちする。

 そうした風貌の上に鎧のようなものを着ているからか、やけに粗暴な印象を受けてしまう。


 実際、目の前の男は椅子にだらしなくもたれかかっており、第一印象からしてあまり良い気はしない。

 男は俺を見るなり、


「おい! ルドルフ! 長兄の俺がわざわざ出向いてやったのに、こんなにも待たせるとはいったいどういうわけだ!」

 

 と、怒声を浴びせてくる。

 いきなり訳もわからない理由で怒鳴られた俺は、しばし呆気にとられる。


「フン……呆けた顔をしおって。どうせまた酒でも飲んでいたのだろう。全くお前は我がヴィスマルク家の恥晒しもよいところだ」

 

 こいつが俺の兄……カールなのか。

 この兄にして、この弟……ルドルフ……ありだな。


「まあ……いい。それももうすぐ終わることだしな。俺がこんなところまでわざわざ来てやった理由を話してやる。ルドルフ、貴様、我がヴィスマルク家の領地から出ていってもらうぞ」

 

 俺は話しについていけずにただ呆然と突っ立っていた。


「フン……驚きすぎて何も言えんか。まあ無理もない。お前もロクでなしとはいえ、一応は正当な嫡出子だからな。勘当されるとは思っていなかったのだろう……」


 カールはそこで一拍開けて、四角い顎をニンマリと歪ませて、

「フハハハ! 甘かったな。父上がやっと重い腰を上げたのだ。お前のようなクズは、栄光あるヴィスマルク家には最早置いておけないとな」 


 さも愉快そうに大声で喚き散らす。


「まあ……ルドルフ。安心しろ。父上も俺も悪魔ではない。身の回りを整理する時間くらいは与えてやる。一ヶ月だ。それまでに身を綺麗にしておけ」


 俺は、態度があまりにも無礼なこのバカ兄貴——カール——に文句の一つでも言ってやりたかったが、いかんせん状況が見えないためただ沈黙するしかなかった。


「……カール様。いくらなんでもそれは——」

「フン! わきまえろ! メイドの……しかも薄汚いエルフの分際でこの俺に意見をするなど! ルドルフ! お前はメイドの躾も出来ていないのか!」


エルフ……ってあのエルフか。

後ろを見ると、いつの間にかクレアが俺の後ろに立っていた。

俺は、反射的に目線がクレアの耳へと向く。

その両耳は長い髪ですっぽりと覆い隠されていた。

クレアは、ややぎこちない素振りで、手で耳元をかばうように触る。

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