第4話 ステータスが上がったと思ったら、秒で元に戻った……

「あの……失礼ですがルドルフ様。お加減は大丈夫でしょうか。顔色が大分悪いようですが……」


 相当青い顔をしていたのか、クレアがかなり心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 クレアのその優しさに触れて、落ち込んでいた心が少しばかり晴れる。

 ちょっとしか話していないけど、クレアは良い人間だというのがよくわかる。

 

 自分に対して、パワハラ、セクハラをしていた男が調子悪そうにしていていたからといって、こんなに心配できるものなのか。


「……いや。大丈夫。ちょっと頭が痛かっただけだから。心配かけてごめん」

 

 俺は、クレアにお礼を言うつもりで、なんとなくそう声をかけた。

 が……それに対するクレアの反応は凄まじかった。

 

 一瞬壁に激突したのではないかと思ったくらい、体ごと大きく後ずさりしたのだ。

 そして、口元を抑えて、大きな目をさらに見開いて、驚愕したように無言のまま俺の方を見つめてくる。

 

 えっ……そ、そんなにマズいことを言ったのか。 

 

 馴れ馴れしい言葉づかいを使ったのがダメだったのかもしれない。

 俺の背筋には嫌な汗が流れてくる。

 

「ご、ごめん。な、何か変なこと言ったかな」

 

 その言葉でようやくクレアははっと我に返ったように、

 

「え……い、いえ。そんなことはありません。そ、その……ただ驚いてしまって……。ルドルフ様がわたしにこうした言葉をかけて頂くことは最近ありませんでしたので……」


 どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。

 それはいいが……いくらなんで驚きすぎじゃないか。

 これくらいのことでこんな反応をするなんて、どれだけゲスだったんだよ。

 ルドルフ……。


 「その……今までは申し訳なかった。これからはもう失礼なことはしないからさ」

 

 そう言うと、クレアは先ほどの反応と同じくらい——いやもっと大げさな反応をする。


 「い、いえ……ルドルフ様が謝られる必要はありません。わたしは単なる召使い——メイドに過ぎませんから」


 相変わらず事務的にそう言うクレアであったが、心なしかその表情は最初見た時よりは大分朗らかになった気がする。

 近くの人間が暗い顔をしていると、やっぱりこっちも暗くなってしまう。

 逆に明るい顔をしているだけで、こっちもなんとなく元気になる。

 

 ましてやそれが美しい少女ならなおさらだ。

 クレアの笑顔のおかげで、心が前向きになったためか、俺はそこでふとあることに気づく。

 俺のステータス……というか固有値は本当に低いのだろうかと。

 なにせ俺以外の固有値はまだ見たことがない。


 とすると、もしかしたらオール1でも、意外と普通なのかもしれない。

 それに「1」が下限という訳でもないかもしれない。

 実はマイナス表示もあるかもしれないし。


 我ながら大分都合の良い考えだなと思いながらも俺は、まずはクレアの固有値を見てみることにする。

 声に出さなくても、「鑑定」スキルは発動する……よな。


 さすがにクレアの前で「ステータスオープン!」とか叫ぶのは恥ずかしすぎるぞ。

 そんなことを考えながら、俺はクレアの方を見て、心の中で念じてみる。

 

 と、クレアの横の宙に文字と数字が浮かび上がってくる。

 ごめん、クレアちょっと見させてもらうよ。

 心の中でそう一言断って、俺はクレアの固有値を確認する。


    「名前」・・クレア・イルーナイト

    「力」・・・21

    「魔力」・・・134

    「体力」・・・32

    「幸運」・・・11

    「スキル」・・・***

    「ユニークスキル」・・・***

    「忠誠度」・・・10%


 現実は厳しい……。

 メイドの少女に過ぎないクレアですら固有値は全ての項目で俺より圧倒的に上回っている。


 いや……というか、クレアの固有値って全体的にかなり高くないか。

 それともこれがこの世界の標準なのか。

 少なくとも、これで俺の固有値はクレア以下ということになった。


 あれ? 「スキル」と「ユニークスキル」のがモザイクがかかっているみたいに見えないな。

 それに……この「忠誠度」ってなんなんだ?


 俺がそんな疑問を抱いていると、いきなりスマホの通知のような表記が目の前に飛び込んでくる。


『忠誠度が一定数値を超えたため、臣下を獲得しました』

『統治者のスキルが発動しました』

 

 突然のことに驚いて思わず叫びそうになってしまったが、辛うじてこらえる。

 こういう説明機能もあるなら言ってくれよ。

 今まで一切なかったのに、いきなり案内が表示されると驚いてしまう。

 

 気を取り直して、俺はその表示の内容を確認し、しばし考える。

 「統治者」ってそういえば俺のスキルだよな。

 固有値が全てオール1の衝撃が強すぎて、すっかり忘れていたけど。

 

 そのスキルが発動したってことか。

 忠誠度っていうのはいまいちよくわからないけど。

 とりあえずもう一回俺のスキルを確認してみるか。

 俺は再び自分の固有値画面を見る。


    「力」・・・3(+2)

    「魔力」・・・14(+13)

    「体力」・・・4(+3)

    「幸運」・・・2(+1)

    「スキル」・・・鑑定

    「ユニークスキル」・・・統治者

    「臣下」・・・1人(クレア)


 オール1だった固有値が全部上がっている!?

 それにクレアが臣下って!?

 

 驚いているところに、まるで狙ったようなタイミングでまたも案内通知が表示される。


『臣下の固有値が忠誠度(10%)に応じて加算されました』

 

 俺はその表示を見て、しばし考え、ある結論に至る。

 これってつまり、クレアの固有値が俺に付与された……ってことか。

 クレアの固有値画面をもう一度見てみる。


   「名前」・・クレア・イルーナイト

   「力」・・・21

   「魔力」・・・134

   「体力」・・・32

   「幸運」・・・11

   「スキル」・・・***

   「ユニークスキル」・・・***

   「忠誠度」・・・10%


 やっぱり……そうだ。

 俺の固有値はクレアの固有値のちょうど「忠誠度」分——10%——増えている。

 統治者のスキルって要は、臣下の忠誠度の割合に応じて、その臣下の固有値を獲得することができる……ってことなのか。


 発動条件は………一定以上の忠誠度を獲得すること……か。

 忠誠度を10%にするというのが実際のところどれくらいの難易度かはわからないけど。

 それにしても……何でクレアの忠誠度が突然上がったのだろう。


 ……何か彼女に良いことしたか?

 

 俺はクレアの方をチラリと見る。


「あの……何か?」

 

 クレアは、突然じっと見られたためか、戸惑いの表情を浮かべる。


「い、いや……ごめん。なんでもない」

 

 俺は慌ててクレアから視線を外す。

 うん……やっぱりそんなに俺の印象が良くなったとは思えないな……。

 いや待てよ。これはアレか。

 メチャクチャ悪い奴が、少しばかり良いことをすると、何故か大げさに褒められるという……やつか。

 

 つまり今までのルドルフがあまりにも酷い奴だったから、普通に接するだけで俺の評価が上がったということか。

 だとしたら、意外とよいかもしれない。

 というか、この統治者のスキルはかなり使える。

 

 これがあればたとえ俺の固有値がオール1でも問題はない。

 臣下を増やしていき、その臣下の忠誠度を上げていけばどんどん固有値は上がっていくのだから。

 

 よし! ようやく異世界転生ライフの展望が開けてきたぞ。

 統治者スキルのおかげで俺のテンションは大分上がっていた。

 その勢いにのせて、俺はもう一つ気になっていたことをクレアに聞いてみることにした。


「あのさ。魔法ってあるよね?」

 

 そう。固有値に「魔力」とあるからには、当然この世界にも魔法はあるはず。

 異世界転生と言えば、やはり「魔法」である。

 俺にも、「魔法」が使えるとしたら、こんなにテンションが上がることはない。

 

 そんな感じでやや興奮していたためか、俺の態度は大分軽いものになっていた。

 が……その瞬間、クレアは顔色を一変させ、

「それは……どういう意味ですか」


 と、やや睨むように俺を見る。

 彼女の神秘的な緑色の眼は相変わらず美しいままだが、その瞳ははっきりと拒絶の意思を示している。


「えっと……いやその魔法のことを聞きたいなあ……と思ってさ」

 

 俺はクレアの突然の態度急変に慌てて、ヘラヘラした顔をしてその場を取り繕うとする。


「……ルドルフ様。わたしはさっきまでルドルフ様は少し変わられたと思っておりました。でも……勘違いだったのですね」


 クレアは、悲しげな表情を浮かべ、その緑色の瞳は徐々に潤んでいき……

「そんなに……わたしが……いえわたしたちが嫌いなのですか」


 そう言うと、クレアはその場から逃げるように出ていってしまった。

 一人部屋に残された俺はポカーンとしながら、その場に突っ立っていた。

 しばらくそのまま呆然としていたが、目の前に現れた文字でようやく我に変える。


『臣下の忠誠度が一定以下になりました。「クレア」が臣下から外れます』

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