第3話 ステータスも最低だし、メイドにも嫌われているんだが……

 自分のステータスを見た後、俺はしばらくの間、呆然としていた。

 チート能力はおろか、全く期待できない現実が目の前に広がっていたのだから、ある意味当然だ。

 頭の中には悲観的な考えばかりが浮かび、ため息ばかりが出てくる。

 俺は、頭をブンブンと降って、


——これではダメだ。せっかく異世界に転生したのだから、もっと前向きにならなければ!——


 そう自分にそう言い聞かせて、とりあえずは暗雲漂いまくるステータスの件は保留することにした。

 

 今の俺はこの世界についての情報がなさすぎる。

 これでは、ステータスの件も判断のしようがない。

 つまるところ、いつまでもこの部屋の中で一人ウジウジ考えていても仕方がないのだ。


 まずは情報を集めなければ……。


 そう考えた俺は、先ほど部屋から半ば無理やり追い出したクレアのことを思い出す。

 この世界に来て、接触した人間はまだ彼女だけだ。


 一応、俺の専属メイドのようだし、まずは彼女から色々と俺のことやこの世界のことを聞いてみるか……。

 まだ、近くにいてくれればよいけど。


 そう思いながら、俺はクレアを探すべく、部屋のベット同様にやけに豪華で物々しい扉をゆっくりと開け放つ。


「きゃっ!」


 突然、女性の悲鳴がこだました。

 俺は、その声に驚いて何事かと目を見張る。

 と……目の前にクレアがいた。


 悲鳴の主はどうやら彼女らしい。

 大きな目をクリクリさせながら、俺の方を気まずそうな表情で見つめている。

 察するにどうやらクレアは、ドアの前で俺の様子を伺っていたらしい。


 こういう場合、どう対応すればよいのか……。


 俺は対人コミュ能力が低い。

 特に若い女性相手ともなるともう絶望的なくらい低い。


 そもそも会社には俺より20くらい上のオバサンしかいなかったから、コンビニのレジ以外で若い女性と話すのなんてかなり久しぶりなのだ。


 俺がその場で対応に苦慮していると、クレアは、


「も、申し訳ありません……。 ルドルフ様の様子がいつもと違うのでつい心配になってしまいまして……」


 と、背筋を90度にして頭を下げ、謝ってくる。


「い、いや……そんなに謝らなくても大丈夫——」

 

 俺は、思わず申し訳なくなりフォローしようとするが、クレアは俺の声が届いていないのか、ひたすら「申し訳ありません」と連呼する。

 

 クレアの過剰な反応を見て、俺はますます「ルドルフ」に対する評価を下げる。

 

 彼女のこの態度……。

 

 このルドルフって男いつもクレアをどういう風に扱っていたんだ。

 考えたくないが、かなりパワハラっぽいことをやっていたのでは……。

 

 とにかくこのままではいつまで経っても本題に入れなそうだったので、俺は半ば無理やり話しを切り、


「と、とにかく! 部屋に入って!」

 

 と、強引にクレアを部屋の中に入れる。

 が……この対応がさらに状況を悪化させてしまう。


「ルドルフ様……。それだけはお許しください。わたしはルドルフ様のメイドです。ですが……ルドルフ様の……そういうことの……お相手をすることはできません」

 

 クレアは毅然とした態度を保ちながらそう言うが、その影には明らかに怯えた表情が見え隠れする。

 どうやらルドルフという男。

 パワハラだけではなく、セクハラもしていたらしい。

 

 なんかもう確定ではないだろうか。

 このルドルフという男……間違いなくゲス野郎だ。


 今後のルドルフの……いやつまり俺の先行きを考えて、思わず頭を抱えてしまう。

 

 とはいえ……まずはクレアの誤解を解かなければ……。

 俺は、クレアを安心させるべく、優しい言葉をかける。

 が……これがまたなかなかうまくいかない。


「そういうことはしないから大丈夫」

「そもそも怒ってないから安心して」

 

 と、そうした言葉を投げかけても、クレアの警戒はまるで解けない。

 そんなやり取りを10分近く散々続けて、ようやくクレアは一応俺の話を少し聞いてくれる程度になった。


 なんか……ここまで信用ないって……ルドルフいや俺は大丈夫なのか。

 

 とにかくとりあえずは一応話しが出来る状態になったので、俺はようやく本題——この世界の情報を聞く——に入ることができた。

 

 クレアの話しによれば、俺はこの地方一帯の領主であるヴィスマルク子爵の次男ということらしい。

 

 予想通り、貴族であったことは幸先が良いが、問題はルドルフの評判と例のステータスの件だ。

 もっとも、ルドルフの評判の方は聞かなくとも、クレアの態度を見れば既に大方明らかではあるが……。

 

 となると今確認しておくべきことはやはりステータスの件だ。

 俺は、クレアにステータスの件をなるべくやんわりと聞いてみた。


「あのクレアもそうだけど、みんな自分の力とかそういうのを把握していたりするの?」

 

 クレアは、怪訝な顔を浮かべて、


「……ルドルフ様がおっしゃっているのは個人が持つ固有値のことでしょうか」

「えっと……そうそうそれ! 固有値!」

 

 俺は先ほどと同じようにぎこちない相槌をうち、なんとかクレアの不信感を拭おうとする。

 もっともその効果はほとんどなくクレアは、相変わらず怪訝そうな顔を浮かべたままだった。

 とはいえ、クレアは一応俺の質問には答えてくれた。


「たいていの人は自身の大まかな固有値は把握しています。もっとも、詳細な数値まで把握している人間は一部の人々……兵士など戦闘に従事する者やルドルフ様のような貴族の方々……に限られます。固有値を正確に知るには、専門の鑑定師に見てもらうか、高価なマジックアイテムを使うほかありませんから」

 

 俺はその説明を聞き、少しばかり安心した。

 すくなくとも俺が持っている「鑑定」——ステータスを把握するスキル——は意外とレアスキルらしいからだ。

 次いでもう一つ気になっていることを聞く。


「この固有値って訓練したりすれば上げることができるの?」

「一応は上げることはできるようですが、その上昇幅は限られていると聞いております。たいていの人の固有値は生涯ほとんど変わることはありません。稀に例外もいるようですが……」

「えっ……そ、そうなの」

 

 俺はクレアの話しを聞いて、ショックのあまり愕然としてしまった。

 つまるところ俺のステータスはずっと変わることがない、最低のまま固定されているということだ。

 俺の異世界転生ライフは暗雲が立ち込めるどころではなく、早くも土砂降り、大雨状態になってしまった。

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