第2話 ステータスを見たら絶望しかなかった……

「あ、あの……ルドルフ様。本当に大丈夫ですか? ここは、貴方様が住まう屋敷です」


「や、屋敷……。そ、そうか。そうだよね。だんだん頭がはっきりしてきた気が……えっと……それで君は」


「……わたしはルドルフ様のお世話全般をさせていただいている専属メイドです」


「あ……そう……だったね。えっと……確か名前は……」


「……クレアです。わざわざメイドの名前など覚えて頂かなくても結構ですが」


明らかにこのメイド美少女……もといクレアの態度には不穏な空気が漂っている。

コミュ障の俺でもはっきりとわかるくらいにはクレアは俺のことを嫌っている。

とはいえ、そもそも状況が全く理解できていない。


だけど、相手の言っていることが理解不能でも、とりあえず相槌を打つという長年のサラリーマン生活の習慣がここでも自然と出てしまった。


ついでに、名前がわからない相手から話しかけられた時に、さも知っているかのように装う素振りも。


というか、なに、なんなんだ? 

意味がわからん。


病院じゃなくて、なんで、屋敷。なんで、メイド美少女。

しかも、夢でもない。

これは明らかにリアルだ。


ベッドの感触も、目の前にいるクレアの美貌も、ついでに俺を見るその険しい視線も……その全てについて圧倒的なリアリティがある。


なんだ、これ?


昨日読んだウェブ小説の転生なみに馬鹿げている状況……。


って……え! 何……コレって……。


「あっ! ええっ!」


俺は思わず、素っ頓狂な大声を上げてしまった。


俺異世界転生したのか! マジか!


俺は、ようやくその事実に気付いた。

いや……事実かどうかわからないがこのありえない現実を説明するためにはそれ以外の理由が思いつかない。


というかこういう場合って何か女神とかから説明があるんじゃないのか。

説明もなしにいきなり異世界に投げ出されたら、状況が全く把握できなくて、普通にパニック状態になるぞ。


いつも読んでいる小説だとそういう場合でも意外と簡単に主人公は現実を受け止めているけど、実際同じ目に合うと全然受け止めきれない。


あいつら精神力すごくないか。

それとも単に年齢の違いか。


10代ならすぐに馴染めるのかもしれないが、30代のオッサンでは無理だ。

リアルに異世界転生とか、異世界転生モノを毎日読んでいる俺でも到底頭が整理できないし、めちゃくちゃ動揺してしまう。


実際、今の俺はパニック状態だ。


だから、周りの様子を確認する余裕はまったくなかった。

気がついたら、クレアが、可愛い顔を思いっきり歪ませて、怪訝な視線を俺に向けていた。


まずい。

このままだと、不審に思われて誰か人を呼ばれかねない。

とりあえず、この状況をなんとかしないと。

パニック状態の頭の中で、なんとかひねり出した答えは……。


とりあえず一人になること。


俺は、「と、とりあえず! 一人になりたいんだけど!」と、クレアを無理やり部屋から追い出す。

そして、俺が暮らしていたアパートの一室の数倍はあろうかと思われるだだっ広い部屋で、一人ベッドに座る。


大きく深呼吸をして、天井を見上げる。

見たこともない装飾を施した壁紙が天井には広がっていた。


本当……ありえない景色だよな……。


が……そのあまりにも現実離れした状況であっても、俺の体はどうしようもないほどのリアル感を抱いている。


俺……本当に異世界に転生したんだな。


全身から感じる圧倒的なリアル感は、俺の頭をいささか冷静にさせた。

認めるしかない。

俺はマジに異世界に転生したのだ。


冷静になったからなのか、俺はふとあることに気づく。

ベッドの脇に置いてある全身を映せるほどの大きな鏡。


あそこに映っているのは……。


ヤケに軽薄そうな若い男がいる。

どうにも好きになれそうにない二枚目崩れのヤサ男が目の前にいる。

この時点でだいたいわかっていたけれど、確認の意味も込めて、鏡の前で手をブンブンと動かす。


やはりというか鏡の中の人間は完全に自分の動きに一致している。


うん……こいつが今の俺だということはわかった。

でもなあ……。

全然好きになれそうにないんだよな。コイツ……。


なんか弱いものに対しては高圧的だけど、強いものにはめちゃくちゃへりくだりそうな男。


会社によくいる嫌な上司……。


というよりは、よくゲームやアニメで出てくる悪役モブキャラみたいな感じの男なのだ。


いや待てよ……外見だけで判断するのはよくない。


第一印象がダメでも、良い上司はいた。

そもそも、若返ったことは単純に喜ばしいことだ。

眼鏡なしでもモノも見えるし。


それにしても、こうして全くの別人になっている様子をまざまざと見せつけられると、あらためて異世界転生したことを実感する。


と……なると、次は……。


「ステータスオープン!」


俺は、一人部屋の中でややカッコつけた声でそう叫んだ。

異世界転生といえば言えばチート能力。チート能力と言えばステータス。


俺の大分偏った異世界転生の知識によればこの2つは欠かせない。

とはいえ、実際声に出すとかなり恥ずかしい。


30過ぎのオッサンがステータスオープンって叫んでいるなんて……。


俺は瞬時に冷静になり、ごほんと咳払いし、あたりを見回す。

うん……誰もいないよな。よかった。


一人でよかった。

クレアがいたら、また変な目で見られていただろうな。

というかこれでステータスが出てこなかったら俺は馬鹿丸出しだな……。


そんなことを思わず考えてしまったが、幸いなことに俺の目の間の空間には何やら文字が浮かび上がってきた。


「おおっ!」


これは……ステータスだ。間違いない。

俺は一人勝手にかなり興奮していた。

なにせ異世界転生、ステータス……と来たのだ。


となると、最後は……そうチート能力に決まっている。


異世界転生したとわかった時は正直に言って不安の方が大きかった。

30代にもなると人生色々と裏切られてきたから、だいたい悲観的になるものなのだ。


だが、今は期待が高まっている。

思えば、先ほどのクレアはかなり綺麗だったし、俺のことを「ルドルフ様」とも呼んでいた。


つまり、俺はかなり高貴な身分ということだ。

なおかつチート能力まであれば……。


これはもうまさに俺が妄想し、憧れ、いつも読んでいた異世界転生そのものではないか!


俺は最大限の期待を込めて、食い入るようにステータスを見る。


   「名前」・・・ルドルフ・ヴィスマール

   「力」・・・1

   「魔力」・・・1

   「体力」・・・1

   「幸運」・・・1

   「スキル」・・・鑑定

   「ユニークスキル」・・・統治者

   「臣下」・・・0人


 えっ……。

 

 ステータスを見て、俺はしばし絶句してしまう。

 先ほどまで高まっていた興奮はすぐに雲散霧消した。

 こいつ……いや俺のステータスって全てオール1なのか。

 どうしようもないほど嫌な予感がする。

 

 鏡の前で情けないツラを浮かべているルドルフ——というか俺——を見て、ますますその予感は否が応でも高まる。

 

 チート能力どころか、最低の能力しかないんじゃないのか。

 こいつ……。


 俺は、この後思い知ることになる。


 この『嫌な予感』が見事に的中していたことを……。

 というか俺が転生した男が、能力的にも人格的にも見た目通りにどうしようもない悪役モブキャラであることを……。


 そして、この世界で、生き残るためには唯一の役立つスキル、『統治者』を活用するしかないことを。

 

 そのためには、陰キャでコミュ障の俺が苦手な人間関係を築いて、俺の評判を高めるしかないということを……。


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