輪廻 Ep.?

 勝手に死ぬのがエゴなのだったら、生かすのだってエゴだ。


 ――Ep.? 輪廻


 ヒュウヒュウと唸る風は本能的恐怖を煽ってくる。

 ほんの少し下を覗けば、きらびやかな街並み、ビル群。そして、はるか遠くに見える地面。


 ここは都内でも何番目にかは高い高層ビル。その屋上。


 ここから飛び降りれば、私の身体はぐっちゃぐちゃになって一瞬で天国に行けるんだろうな。


 何もない友人関係とも

 モニターだけが動いて地位は動かない会社とも

 あのクソエロパワハラジジィな上司とも

 結局はこどもの事をなんも考えない親とも

 なにもかもが中途半端な自分とも

 なんら輝くことがなかった自分の過去とも

 これからどうせ輝くことはないだろう自分の未来とも

 そんな地獄みたいな日々とも。世界とも。


 全部全部全部から、解放されるんだろうな。逃げられるんだろうな。


 もう一度足元を覗く。

 はるか遠くの地面。やっぱりいつ見ても生物的な恐怖がこみ上げてくる。でも、私の目には、あそこはどれほど綺麗な花畑よりも、子供の頃憧れたあの巨大なトランポリンよりも、どんなものよりも魅力的に見えた。美しく見えた。あそこが私を解放してくれる所。


 ――じゃあ、行こう。


 足が地面を離れる。

 空に投げ出された身体は馬鹿正直に重力に従う。

 そうして数秒後


 私は、願った所へと――...

















 頭に響く気持ち悪い電子音

 身体を包み込む、優しい暖かさ

 瞼の裏からでもわかる白い世界


 ここは天国??


 瞼を開けてみる。

 視界いっぱいに広がるのは、白い天井。

 白い光がいっぱいの世界。


 あぁ、クソ。


 ナースの慌てふためく声が聞こえる。

 まだ自分の頭の隣では気持ち悪い電子音が一定間隔で鳴り続けてる。


 また行けなかった。 

 まだ地獄。






 慌てて駆けつけてきた両親。

 父は息をついて安堵して、母は私の頬を殴ってきた次に抱きついてきた。

 そして、こう言っていた。


 自分のエゴで勝手に死ぬな。


 って。




 そっから私は何度も死のうとした。あっちに行こうとした。

 薬を盗んでオーバードーズをし、こっそり抜け出して屋上にいき、窓を割って破片で動脈を切り、トイレの水で溺れ、etcetc....


 思いつく限りは何でもやった。

 でも、毎度毎度止められ、処置され、連れ戻らされ、対策され、盗まれ、


 生かされた。


 あぁクソ。


 なぁ。

 勝手に死ぬのがエゴっていうんなら。

 勝手に生かすのもエゴだろう??


 そんな日々を過ごしていくうちにだった。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 諦めることなく傷つけられた身体は遂に限界を迎えたらしい。




 私は、これまでの努力がまるで無駄だったんじゃないかってくらい

 あっさり死んだ。


 ――いいや違う。

 報われたんだ。これまでの努力が。


 気付いたら私は真っ白い、何もない空間にいた。

 でも、不思議と心地よい。


 ここがずっと夢にまで見てた天国? 

 まるで想像してたのとも、御伽噺でよく聞くものとも、まったく違う凄い殺風景なものだった。

 それでもいいや。


 一生、ここにいたいな。あそっか、もう死んでるか。ハハハッ


 あぁ...夢にもみた世界だ。いつまでも居たいな...嬉しいなぁ...

 身体があったら、きっと今頃滝のように嬉し涙を流してるだろうな。


 そんなときだった。

 ふと、声がした。


 ――哀れな人の子。もう一度、やり直す機会をあげましょう。


 その瞬間、世界が真っ暗になる。


 やめてよ、やめてよ!!!

 神様。私はやり直したくなんかない。

 私はずっと、あの場所にいたい!!


 戻りたくなんて...!!


 瞬間、頭から吸い込まれる感覚。切れる意識。


 気付けば、眩しい世界にいた。


 それは、天国なんかじゃなかった。








 何故、生まれてきた瞬間の赤ちゃんはずっと泣いているのか。

 何故、生まれて間もない子供は、よく泣くのか。


 それは、生まれ落ちてしまったこの現世に

 嘆いているのからだと。


 悲しんでいるのからだと。

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Ep.? 埴輪メロン @akimeron

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