余命 Ep.?

 お医者様は言った。

 貴方の寿命は、たったあと一年だ、って。


 Ep.? 一年


 その瞬間、僕の顔は真っ青になっていた。

 どうして?

 僕は、それなり健康に努めて生きてきたはずだ。

 なのに?

 なんで?

 どうしてか。お医者様は丁寧にゆっくり、僕に説明していた気がする。

 でも、僕の耳は、頭はそんなことを取り入れられる程、冷静じゃなかった。

 やりたいことはいっぱいある。やり残したことなんて、両手両足使ったって間に合いやしない。たった一年で叶わないことなんてごまんとある。

 その瞬間、僕は死んだも同然だった。

 将来はもうない、なんて言われて、僕はどう生きていけばいい?僕はどうすればいい?


 ならいっそ。

 今ここで死んでしまえば。一年間死ぬ絶望を味わわないでいいし、楽なんだろう。

 だけど、そんなことをできやしなかった。

 たった一年でもいい。少しでも生きていたい。そんな気持ちが、どうしても捨てられないから。

 できないことは多いけど、できることも多いから。

 悔いのないように、生きてやればいい。

 そうすれば、死ぬ時、少しは絶望も、恐怖も、なくなるんじゃないかな。

 だけど。

 死にたくなんかない。

 死ぬ為に頑張りたくなんて、生きていたくなんてない。


 ああ、どうしてこんな事になってしまったんだ。

 人はいずれ死ぬ。いつか死ぬ。ある日突然死ぬことだって珍しくはない。

 そういう人は多くいるし、実際僕だってそう思う。

 でも、それが訪れる日を言われて、教えられて、素直にああそうなんだ残念だな。なんて言えるわけがない。認められる訳が無い。



 気がつけば、数日が経っていた。数日?数十日かも知れない。何日過ごしたかもわからない。何週間を夢現に過ごした?

 最早、もう何回日を越したかも、何時間起きていたかも考えられないほど、僕の頭は空っぽだった。

 死にたくない。死にたくない。





 おもむろに冷蔵庫を開ける。

 死にたくない。

 だから、せめて今日は精一杯に生きよう。

 久しぶりに、そんな気持ちになったから。

 でも、空っぽの冷蔵庫を見ると、そんな気持ちも失せそうになる。

 でもいい機会かも知れない。

 気分転換の散歩ついでに、美味しいご飯でも買いに行こう。

 ――この憂鬱を、一瞬でも覆い隠して、忘れてしまえるように。


 サンダルをはいて、外へ出た。

 秋風が吹く街は、肌寒かった。

 その肌寒さは自分が生きているのを認識できるようで、ほんのすこし、心地よくて、また少し、気持ちが悪かった。


 ――何を食べようかな。お肉が食べたいな。久々にジャンクに、焼き肉でもたべてやろうか。もう、健康なんて気にする必要はないのだから。


 好きなものを好きなだけ食べて、不健康になったっていい。どうせ僕はもうすぐ死ぬのだから。

 そう思うと、ほんの少しだけ、前向きになれる。恐怖も、絶望も緩和される。


 きっと、これが上手い付き合い方で、上手い生き方なのかも知れない。

 そうだといいな。
















 視界が、滅茶苦茶に回った。

 身体がすごく痛い。何が起きた?何があった???

 地面と身体ぶつかった瞬間、僕はさっきまで空中に飛ばされていたことに気がつく。

 視界がぼやける。近くで誰かが叫んでいる気がする。

 でも、それすら上手く聞き取れない。


 記憶が断片的に飛ぶ。

 身体と視界がグラグラ揺れる。

 耳が痛くなる、聞き慣れたサイレンが鳴る。

 あれは――救急車だっけ?

 思考すらぼやける。





 僕は悟った。


 ああ、僕は死ぬんだ。

 まだ一年経ってないっていうのに。

 さっき、やっと少し前向きになれたっていうのに。


 健康的に生きていても、余命は少なくて、その余命すら全うさせてくれなくて。

 散々だ。散々だったな。


 そうなったときには

 流せる涙も、悔しがる拳も、慟哭する喉も、何もかもが残っちゃいなかった。





 散々だった僕の人生は呆気なくここで終わった。





































 どうして??

 どうして、この子はこんな目に合わなきゃいけないの?

 少しでも長生きしたいから。

 そう言って昔から健康的に生きるのを頑張っていた。

 それなのに、突然癌なんかにかかって、余命もたった一年だ、なんて言われて。


 ずっと泣いていた。ずっと虚ろな目をしていた。ずっと絶望していた。

 何日も寝ない日もあった。すっと動けない日もあった。


 それでも、と言って。

 頑張って動いて、少しずつでも前向きになって。

 残された日々をくいなく生きていこうとしていたのに。




 あの子は、トラックに轢かれて死んだ。

 証人によると、別にあの子は何処か虚ろにしていても、信号無視をしたわけでも、不用意に車道に出たわけでもない。

 トラックが、突然あの子のもとに突っ込んで来たんだって。


 そうして彼は死んだ。

 そうして、散々な最後の一年も未満に幕を閉じてしまった。


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