第56話 表れた過去
ページを捲ると、色褪せている写真がある。みんなで撮った写真の真ん中に写っている赤ちゃんが自分だ、と大原渉が指で指した。
「それで…これが父と母で、その後ろにいるのが祖父の大原…清。長生きされて、よく遊んでもらった記憶がありますよ」
年を取っているが、背が高く、白髪ではあるが切長の目が涼しげな印象を与えていた。
小さい頃、よく祖父の家に行くと、祖母の写真が飾ってあって、それをよく目にしていたから、記憶に残っていると言った。写真もあるはずだと、ページを繰ると、夕雨にそっくりな、でも白黒で着物を着ている女性が写っていた。どの写真も若くて、子供を抱いていたり、若い頃の大原清と並んで写ったりしている。
「お若い写真しかないのですか?」と夕雨は聞いた。
「…早くに亡くなりましてね。三人目を産んで…産後の肥立ちが悪かったそうで。ただ…あの当時は普通なら後妻を貰うんですけどね、祖父は祖母が相当好きだったようで、誰とも結婚せずに仕事に邁進して、父たちは祖父の姉に育てられたようです」と言って、写真を指差す。
そこには叔母と映る三兄弟が笑っていた。
「私は…祖父に祖母に会いたいか聞いたことがあるんです」
祖父の清は定年後、大原家に一人で住んでいた。近くに住む渉はよく遊びに行った。母がおかずを持たせることもあったし、日曜日は祖父に英語を教えてもらったりしていた。
リビングにはハナの写真がいつも綺麗な花とともに飾られているので、つい眺めてしまっていた。そしてそれを見ていると、祖父も一緒に写真を眺めて
「孫の渉が来たよ。ハナにも会わせたかったな…」と写真に話しかける。
「おじいちゃん…。この人に会いたいの?」
「会いたいけどね。会えないんだよ」
「どうして?」
「もう随分前に亡くなってしまって」
「天国にいるの?」
「そうだね」
「じゃあ、おじいちゃんが天国に行ったら、会えるね?」
「きっと…今、天国で本当に好きだった人とデートしてると思うから…おじいちゃんはゆっくり行こうかな」
「本当に好きだった人?」
渉はよく分からなくて、その話を何度も聞いた。
「おじいちゃんの友達のことを本当は好きだったんだけどね…」
「うん?」
「おじいちゃんはどうしても…譲れなかったんだ」
「へぇ。すごいね。それだけ好きだって」と渉は無邪気に笑った。
少し寂しそうに清は笑いながら渉の頭を撫でてくれる。
「でも…きっとこのハナさんも…おじいちゃんのこと好きだよ」
「え?」
「だって、ほら、笑ってるから。好きじゃない人と一緒だと笑えないもん」と渉が言うと、清は渉を抱き上げて、中庭に移動する。
「今日は…何して遊ぼうか…」
「うーん。木に登っていい?」
「いいよ」
そうして孫が木登りするのを眺める。ハナが子供たちを追いかけていたのも、この中庭だった。少し早く帰れた日の午後だった。
「ただいま」と中庭の明るい笑い声に惹かれて、玄関からそのまま中庭に来た。
「あ、清さん、もう、本当にこの子たち元気で…」と額に汗を掻きながら、子供を追いかける。
長男は木登りを始める。次男はその下を走る。
「危ないから」とハナは木の下で次男を捕まえながら、長男に呼びかける。
下手をしたら年の離れた姉弟に見えなくもない。子供たちはハナには甘えていた。
「お帰りなさいませ。お出迎えできずにすみません」と汗を手の甲で拭いながら、清に謝る。
「いや、賑やかな声が聞こえてきたから…直接ここに来た」
子供たち二人は清には遠慮があるのか、帰ってきたら、すぐに
「お帰りなさい」とハナの横に並ぶ。
「こら、お母様を困らせたらダメだと言ってるだろう」
「はい」
「はーい」
困ったように笑うハナと子供たちは楽しげな笑顔を弾けさせる。
「木登りなんて…」と清が言うと「すみません。実は私…小さい頃…よく登ってて…」とハナが小声で言う。
「大いにやりなさい」と清は訂正した。
ハナはさらに困ったような笑顔を浮かべた。
清はそんな幻影が見えた。あれからもう何十年も経っているのに。時間の感覚がわからない。戦争で家族は戦火を逃げまどったこともあったし、戦後のひどい時代も終わった。そんな大変な思いをハナにさせなくて良かったとも思うこともある。
終戦時、欧州にいた清は連合軍に捕まり一旦、アメリカに渡ってから戻ってきた。大きくなった子供たちの顔を見ると喜びと悲しみが込み上げてきた。何もかも遠くて色褪せていくのに、ハナの思い出だけは鮮やかに蘇る。
「おじいちゃん。ここまで登れたよ」と渉が得意げに木の上から言う。
太陽が木漏れ日を作り、眩しくて清は目を細めた。
「私は…よく祖父と遊んでもらいました。父は同じく外交官で海外に赴任してましてね。不在だったものですから、余計に懐きましたね」と渉は懐かしそうにアルバムを見ている。
「それで…この写真なんですけど」と未嗣は自分の持っている写真を見せた。
大原清と一緒に写っている山本正雄の写真だった。
「これまた…あなたにそっくりで…」と驚いた顔で写真と未嗣を見比べる。
「僕の曽祖父でして…山本…正雄と言う名前ですが…大原さんと一緒に写ってるので、お友達か…何か…でしょうか?」
「山本さん…」と何か考えていたが「はっきりはしませんが…その祖母が好きだったというのが自分の友達で…その人も早くに亡くなったって言ってましたね。しかも結婚相手がいて…」と記憶を思い出すかのように言う。
渉はガールフレンドも連れてきたことがあった。清は庭のバラの手入れをしていると、渉は彼女を連れて庭に現れた。
「今日は」と二人が声をかけてくれる。
綺麗な長い髪をハーフアップにした女性が渉の横に立っている。
「あぁ、よく来たね。いらっしゃい」
「彼女は
「もちろんだよ。たまには誰かが弾いてくれないと…」と清はピアノの部屋に案内した。
そこにもハナの写真が飾ってある。
「おばあちゃんはピアノ弾けたの?」と渉が聞くと「少し…ね。とっても可愛いかったよ」と清が言うので、なぜか渉が照れる。
「本当におばあちゃんのこと好きだったんだねぇ。ともちゃん、何か弾いて」
「え? 何がいい?」
「子犬のワルツ。おばあちゃんは弾けた?」
「もっと簡単な曲だったなぁ」と言って清は笑う。
「ともちゃんはね、大叔母さんのところでピアノを習ってたんだって。すごい偶然だよね」
「あ、そうなの?」
「はい。今は引退されてるようですけど、幼い頃、通っていました」と言って、ピアノを弾いてくれる。
姉がピアノを教えていたのももう十年前以上だ。姉には申し訳ないことをした、と清は思っている。結婚もせずに自分の子供たちの命を守り、面倒を見てくれたのだから。もちろん大原家には使用人がたくさんいて、子供たちを一人で育てた訳ではない。ただ、授業参観、懇談、運動会、そういった学校行事には母と姉が参加してくれていた。
子犬のワルツは軽快なテンポで流れていく。
「智絵さんは綺麗だから、付き合うのに苦労したんじゃないか?」と清が聞く。
「そうだよ。ライバル多かったからね。でもおじいちゃんもそうだったんでしょ? ライバルがいてって」
「ライバルか…。そうかもしれないな…。本当によく出来た友達だった。頭も顔も良くて…心も広くて」
「へぇ。すごいね。その人は誰と結婚したの?」
「結婚も…自分の子供でないのを引き取ろうとしてたんだけどね。病気になってできなくなった。…でもなかなかできないことだよ」
「…ふうん。その人とは会ってる?」
「その病気でね。今だったら治る病気だけど、昔は…助からなかったんだ」
「僕は今、生まれてよかったよ。昔は戦争もあったし」
「あぁ。本当にいい時代が来て良かったよ」
平和であることの大変さを知っている清は心からそう思った。自分の孫たちが苦労しないことをずっと祈っている。ピアノは久しぶりに鳴らされて少し鈍い響だった。智絵が弾き終わると、二人に向かって礼をしたので、拍手をする。
「お茶でもしよう。せっかく来てくれたんだから」と言って、リビングに案内した。
「素敵なお家ですね」
「古くなってしまったけどね。僕が生きてる間は…このままで置いておきたいんだ」
「思い出の場所だから?」と渉が訊く。
「そうだね。何もかも…この家に残ってるんだよ」
見かけも老いて、体も不自由になっているのに、気持ちだけはずっとあの頃のままで、清は年を取るということが分からなくなっている。フランス製の紅茶を淹れて、冷蔵庫から頂き物の水羊羹を取り出す。よくハナが作ってくれていたのを思い出して買ったりしているせいか、好物だと思われて、贈り物として貰うことが多い。
「私、水羊羹大好きです」と智絵は嬉しそうに言う。
「ごめんね。今度来る時は連絡して。美味しいケーキを用意しておくから」と清は謝った。
「まぁ、そんな。先生の家でも水羊羹をいただくことがあって。『…弟の奥さんがよく作ってた』っておっしゃってました」
そうだ。ハナはたくさん作って、姉のところにも持って行ったりしていた、と清は姉がそれを懐かしんでいたことを初めて知った。
「それで…自分は作れないから、買って、弟の子供たちに食べさせてたって。私にもくださいました」
「いや、本当に姉には…申し訳ないと」と清は頭を少し垂れた。
「でも先生は楽しかったっておっしゃってましたよ。結婚する気はなかったから、とってもいい経験だったって」
「そう…いつも言ってくれますけどね」
「あの…それに秘密の恋人がいらしたの、ご存じないですか?」と智絵が言うので、清は驚いた。
「え? そんな人がいたの?」
「えぇ。画家で…活躍されてる方らしいんですけど。戦争に行かれて…現地で結婚して、また帰ってきて…その女性が追いかけてきて…って大変だったそうですよ」と智絵が言う。
初めて聞いた話で清は驚いて、声も出なかった。
「結局、その方とは結婚しなかったそうですけど、今でも友達として会うっておっしゃってました」
姉がまさかそんなことをしていたとは、ハナは知っていたのだろうか。
思わず「友達…」と呟いてしまった。
「先生はとってもユーモラスで、大好きな先生です。初めに先生に会わなければ、ピアノを続けてなかったと思います」と智絵は言って、清に頭を下げる。
「へぇ。大叔母さんに今度聞いてみようかなぁ」
「内緒っておっしゃってたけど…もう時効かしら」
「…もう時効ですよ」と清は言って、「じゃあ、ゆっくりしてらしてください」と席を立とうとする。
「おじいちゃん、今日は二人でカレー作るから一緒に夕飯食べよう」と渉が言ってくれる。
「えぇ? お邪魔したら悪いだろう」
「いや、いろんな話…もっと聞きたいから。だってあの時代に外国に行ったりしたんだからね」
「大分…忘れたけどね」
そう言って、清は遠くを見た。
思い出話をしてくれている大原渉の話を未嗣は思わず遮った。
「え? ちょっと待ってください。あの…今のお話を聞いて、その方が山本正雄だったとしたら…僕とその人は…血がつながっていない…ということですよね?」
「まぁ…そんなに似てらっしゃるから…山本さんの話ではないのかも知れませんね。別の方か…あるいは…生まれ変わりか」と大原渉はさらっと笑う。
夕雨と未嗣は思わず互いを見る。
「お二人、そっくりで…縁があって、出逢われて…ここまで来られたんですから…そういうこともあるでしょう」と言う。
アルバムを捲りながら…懐かしそうに視線を落とす。
「父も五年前に逝きまして…。順番とはいえ、寂しいものです。でもあなた方に会えて、生まれ変わりがあるとしたら…と考えて楽しい気持ちになりました」と渉は言う。
「貴重なお時間…ありがとうございます」と未嗣は頭をさげた。
「いえいえ。こちらこそ…懐かしい気分にさせて頂いて…あぁ、でも…ちょっと待てよ。まさおって…たしか祖父の今際の際に呼んでた名前です。てっきり祖母の名前を言うのかと思っていたから…確か正雄だったと思います」
清は肺炎を拗らせて入院をしていた。年齢的にも体力がもたないし、いつ何があってもおかしくはなかった。大学生だった渉は割と時間の都合がついたので、清のお見舞いによく行った。
たまたま一人だった時に、容態が悪くなり、慌てて医師を呼んだり、家族に連絡を取ったりしていた。
「…あぁ…守れた…?」と譫言のように聞いてくる。
「ま…さお……」と言うので、「渉だよ」と返事をする。
「わた…る?」
「そう渉」
「…すまない」と清は言う。
「いや、いいよ、おじいちゃん。まさおって孫はいないけどね。頑張って。みんな来るからね」と言って、手を握る。
清は暖かい手に包まれながら夢のような現実のような不思議な心地で正雄と最後に会っていた日を思い出していた。
ハナと新婚旅行だと行って、最終日に会った時だった。
瀟酒な建物の病院に入り、面会を求めた。薄い日が入る長い廊下の向こうから杖をつきながら、正雄がゆっくり歩いてきた。痩せた正雄を見るのは辛かった。ハナに会わせることがお互いに残酷なような気がして、清は少し躊躇った。
「わざわざ来てくれて…ありがと…う」と話をするのも、立っているのもやっとだった。
「大丈夫か?」
「見ての…通り…だよ。もう…そろそろ…だ。君が来てくれて…また…会える…なんて」
想像してた以上にひどい状態で、正雄にもう二度と会えないだろう、と思うとハナが来ていることを言わずにはいられなかった。会う会わないの判断は本人に任せることにする。
「そう…か。…では…最後の挨拶を…してくるよ」
「正雄、すまない」
「…いや。感謝…してる。最後に…会わせて…くれて」と言うと、正雄はゆっくりと出口に方に向かった。
清は二人が時間を過ごす間、受付の長椅子に座って待つことにした。
あんな姿でも会いたいと思う正雄の気持ちを思って、清は後悔を覚える。お互いきっと思い合っていたはずだ、と。その間を割って入った自分が許せなくもなる。そもそも正雄にハナを渡していれば、恋人を作ることも、その彼女を探して結核になることも無かったのではないか、とすら思える。
長い長い時間だった。
体感ではそう感じた。何を話しているのか分からないが、二人で過ごす最後の時間を清も待った。
ゆっくりと杖の音がして、正雄が戻ってきた。
「ありが…とう。泣かせて…しまった。みっともない姿を…見せて…。行ってくれ」
「いや。しばらくは…一人にさせてあげよう」
「…君で…良かった」
「少し座って話をしよう」と清は長椅子を勧める。
離れて正雄は座った。
「こんな病気に…かかって…女癖も…悪く…。ひどい…男だから…。君で…良かった」
「君は…頭も顔もそして気持ちのいい男だから…」
「いやに…褒めてくれるね…。冥土の…土産にしては…重すぎる」と微笑む。
「そうか…。僕は…もっと重いものを抱えるだろう」
「あぁ。…そうだな…。ハナさんを…幸せにしないと…枕元に…立って…やる」
「その心配はしないでくれ。ただ…君に謝りたい」
「…何も。後出し…ジャン…ケン…したのは…僕だ」
清は正雄を見た。あいかわらず微笑みながら話している。息は苦しそうだが。
「すまない」と清は謝った。
「それなら僕は…」と正雄は心から笑いながら「ありがとう」と言った。
「君と…会えて…。よくしてくれて…。ハナ…さんにも…会えて…。幸せな…人生…だった。だから…君も…気にせず…幸せに…なってくれ」
「そう…か。幸せか…」
何が幸せだと言うんだろう。養子に入った実家からは存在しないような扱いを受けて、最愛の人とは一緒になれずに、若くして命を落とそうとしているのに…。そう思っても、清はそれを否定することはできなかった。
「そろそろ…横に…。見栄を…張ったから…疲れ…た」と言って、立ち上がる。
清は体を支えようとすると、手で断られた。
「君には健康で…いて欲しい」と言って、離れる。
ゆっくりと歩いて来た薄い日の当たる廊下を戻って行った。その姿をずっと見送って、ゆっくりハナのところに戻る。
呼びかけるとハナが泣きながら抱きついてきた。残酷なことを…してしまった、と思いながら抱きしめた。
夢現でそんなことを思い出していると、続々と親族が集まって来て、側に寄る。清はなぜか今は動けるような気がして、何とか起き上がった。長男は仕事で海外にいるから来れないが、その嫁も子供も、次男たちも来ていた。
「あぁ…みんな。ありがとう。もう帰ってくれていい」と清は言った。
「え? でも」
「ありがとう」ともう一度清は言って、頭を下げた。
そう言われて、なんとなく釈然としないものの…持ち直したのかと思って、みんな部屋を出る。看護婦さんも医者も安定しているようなので…、となり、呼び出しをかけた渉は何だか決まりが悪くなった。
みんなが帰った後、渉だけ、もう一度、病院に戻った。部屋に入って眠っている清の顔を覗き込むと穏やかだった。
清は夢を見ていた。風の吹く丘で、ハナと正雄が座っている。そして二人が振り向いて、手を振ってくれている。自分も走って丘を目指した。
「おやすみ」と渉が声をかけた瞬間、繋がれている機械が音を立てた。
向こうから看護師の急ぐ足音が聞こえる。それからはまた帰りかけた家族を呼び出すのに大変だった。
「どうして…帰っていいなんて」と夕雨は不思議に思った。
「…いや、僕もそう思ったんですけど。…最後は一人で…。いや、やっぱり大好きだった祖母のことを想って…逝きたかったんじゃないでしょうか。穏やかな顔でしたから」
夕雨はなぜか涙がこぼれた。
「祖母には会ったことがないんですが、大変、明るくて、可愛らしい人だったと聞いております。頑張り屋で、いつも走り回って…たまにお姑さんに注意を受けたようですが、それでも明るく笑って過ごしていたって話してました」
未嗣はいつも走り回って…というところで夕雨がアルバイトで走ってるところを思い出した。
「曽祖父…いや山本正雄さん…が…大原さんの友達で、この女性は大原さんの奥さん…」
未嗣は曽祖父だと思っていた人は全くの血のつながりがなかったことと、それなのにそっくりだと言うことに驚いた。
「下世話な言い方ですが、三角関係だったということでしょうね」と渉は言う。
もし自分たちが生まれ変わりだとしたら、大原清の孫の前にいることが気まずくなる。
「でももしあなた方が、祖母と祖父の友人の生まれ変わりだったとしたら…」と未嗣が考えていたことを渉が口にする。
「『そんなこと気にせず、仲良くやりなさい』って祖父は言うと思いますよ」と笑った。
夕雨は涙をずっとハンカチで押さえている。さっきからずっと涙が止まらない。どういう気持ちは本当に分からないけれど、会えて良かったと思う気持ちは確かだった。
「偶然と言えば…この近くに昔、結核患者を入院させていたサナトリウムがありまして。もう建物は建て替えられていますけど…。足を伸ばされてもいいかも…ですね。台風は今晩には通過するでしょうし…」と渉は言う。
「山本正雄が…入院してた?」
「…かも知れません」といたずらっぽく笑う。
最後に何かの縁ですから、と三人で並んで写真を撮った。外に出ると雨はまだ続いていて、何だか不思議な時間旅行をしたような気分になる。
大原渉にお礼を言って、施設を出ると、来た時より風と雨足が強くなっていた。
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