第37話 遭遇
ハナは久しぶりに同級生と放課後、甘味どころに行くことになった。
「暑いわねぇ」
「冷たいあんみつが食べたいわ」と口々に言いながら、お店へと急いだ。
「冷やしレモン水をご存知?」
「まぁ、美味しそう」
「簡単よ、ハチミツとレモンとお水と氷」
「かき氷も食べたいわ」
「あぁ、本当に暑い、暑い」
ハナも同じように言いながら、お店に急いだ。滅多に寄り道をしないのだが、もうすぐ夏休みで、みんなに会えるのが暫くぶりになるので、前々から予定を立てていた。女子学生が四人も入れば、お店は華やかになる。食べたいものをいろいろ悩んで、結局、みんな、あんみつになった。
「ハナちゃんはご結婚が決まったから…お忙しいの?」
「えぇ。でも来年までは学校に通えるから…」
「外交官ですって? 素敵」
「私は銀行員とのお話が出てるの。どうしましょう」
「どうしましょうって…」と言って、みんなが顔を見合わす。
どちらにせよ、選択権はないのだ。
「優しくて男前だと良いわねぇ」
「ハナちゃんのご主人様は男前なの?」
「優しいの?」
「ええ。優しくて素敵な方」と言いながら、何故か胸が痛くなる。
「まぁ、それは本当に良かったわねえ」
「そうよ、そうよ。どんな人と結婚になるか分からないんだから。優しくて素敵だなんて、大当たりじゃない」
「大当たり〜」とはしゃぐ。
もうすぐ女学校も卒業となる。友達と気楽に楽しめる時間は残り少ない。
「ハナちゃん、最近、雰囲気お変わりになりましたね」と目の前に座っている読書が好きな友達が言う。
「あら、そう? ハナちゃんは相変わらずにクラスでのリーダーシップを発揮してくれてるじゃない。そういうところが旦那様のお目に留まったのかしらね」
「少しは大人しくなろうとしていますの」とハナは反論した。
「そうなの?」
「花嫁修行も大変なんですから」
「まぁ…そうよね。お家柄が違うと…」とおしゃべり好きの大柄の友達が少し落ち込む。
「もし…雰囲気が変わったのなら…櫻子先輩に会えなくなったこともあるし…、みんなに会えなくなることも寂しいからよ」とハナは言った。
「そうね…。毎日一緒だったのに」
「やだ、まだ半年はあるじゃないの」と隣に座っている背の小さな友達が笑う。
でもみんなタイムリミットがあるのを感じていた。この自由な時間は永遠ではない。
「ねぇ、ねぇ、あの事件…」と言って、大柄の友達が頭を寄せ合うように手招きする。
結婚しているのにも関わらず、好きな人と添い遂げたいと大っぴらに新聞に夫への絶縁状を載せた女性の話をした。
「世間ではけしからんってなってるけど、ここだけの話…私は羨ましいって思ってしまうの。あれだけの地位の高い方が…」
「じゃあ、あの方を支持される方は小さく手をあげて」と隣の友達が言う。
テーブルの端に小さい手が四つ上がった。
「私たちには無理ですもんねぇ」と笑い合った。
だから店にソノと正雄が入って来たのに全く気が付かなかった。
「ハナちゃん」とソノに声をかけられて、驚いて顔をあげる。
ソノは洋服の紺色ドレスを着ていて、同色のフェルトの帽子をかぶっていた。真っ赤な口紅が似合っている。
「あ、こんにちは」
「お友達? 楽しそうね。いつでも来てくれていいから」と相変わらず言葉足らずにソノは言って、奥の席に正雄とついた。
早速、頭を寄せ合わさせられる。
「誰?」
「あれがモガ?」
「初めて見たわ」
「隣の人も格好良いわね」
ハナは美容師だと説明した。それはそれで「知り合い?」「セットしてもらったのか?」とか色々聞かれた。正雄のことは言えなくて、婚約者の知り合いの知り合いだと言っておいた。
「あぁ言うタイプにもなれないのよねぇ。憧れてても」
「そうねぇ。私たちは平凡だから」
「平凡…」と言って大柄の友達が落ち込む。
そこにかき氷が運ばれてきて、ハナたちは慌てた。どうやらソノが差し入れしてくれたらしい。思わずみんな、立ち上がって「ありがとうございます」と慌てて頭を下げた。
ソノは赤い唇を横に引っ張って軽く会釈をする。
「今日は暑かったから、氷も食べたかったのだけど…」
「何だか素敵な女性ですこと」
そしてまたため息をついた。でもすぐに氷を食べながら、明るい話が弾む。ハナだけが愛想笑いになっていた。正雄の手を取って、ハナたちのテーブルの横を手をひらひらさせて
「ごゆっくり」と言って、ソノは店を出て行った。
正雄は何も言わなかったし、ハナも何も言わなかった。それでも腕を組んでいる二人を見るのは辛くて、大きな口で氷を入れる。冷たすぎて苦しくなった。
「ハナちゃん、大丈夫?」と隣の小さな友達に背中をさすられる。
「本当に、それでお嫁に行けるの?」と大柄の友達が呆れた顔をした。
思わず涙が溢れて、友達を慌てさせる。
「ごめんなさい。冷たすぎて、目にきた…だけ、だから」とハナが言うとみんなは安心たような顔になった。
店前で、大柄な友達と小柄な友達と別れた。二人の後ろ姿が身長差があり過ぎて何だか可愛らしい。
「楽しかったですね。帰りましょうか?」とハナは読書好きな友達に声をかける。
「…ハナちゃん、花嫁修行がお辛いの?」
「えぇ。まぁ…。お家柄が違い過ぎますし」
「何か心配事がございますの?」
「…いいえ。少しも…」と言って、横にいる友達を見ると目が心配そうにしていた。
「以前より少しため息をついてらっしゃるようで」
「えぇ…。それは…そうです」
「私にはどうしようもないお悩みかもしれませんけど…」
読書が好きで大人しい彼女にハナは叶わない恋をしたことを告げた。
「まぁ…。でもそれは…」と言い淀んでから「素敵なことですね」と言った。
「そう…かしら?」
「えぇ。お相手がいなければできないことですし。私は一生、物語の中でしか知らないことですのに…」
ハナは正雄を好きになったことで自分を責めていた。周りを振り回して、清を傷つけて…一体、何をしているんだろうと自分にも失望していた。それを読書が好きな友人に「素敵だ」と言われたことでハナは救われたような気持ちになった。
「良い思い出として…素敵じゃありませんか」と首を傾げて言われた。
「はい」と言って、涙を溢した。
「知ってて…行ったのか」
正雄は甘味どころの店から出て、正雄はソノに聞いた。
「そうよ。仕事が終わった時に、ちょうど見たの。四人組で何だか楽しそうに歩いてたから。…私も食べたくなったのよ」と言った割にはソノはほとんど食べなかった。
急に正雄を呼びつけて、ついてきて欲しいと言われて、行った場所にハナがいた。友達との会話に熱中していたようで少しも気づかなかったのに、ソノが声をかけた。ハナの目が大きく開いたのを正雄は見たが、視線を逸らした。
「彼女に構ってどうするんだよ」
「え? どうして? 可愛いから…つい。後…嫉妬かな。マサちゃんのその横顔見るのも悪くないし」と言って、組んだ腕に体をくっつけてくる。
「横顔なんて変わらないだろ」
「…そうね」と言ったが、ソノは正雄の顔が一瞬、辛そうに歪んだのを見た。
それ以上に辛そうに目を伏せたハナの顔を思い出すと嗜虐性があるのだろうか…、背筋を言いようのない甘美な気持ちが這い上がった。もっと歪んだ顔を見たいとまで思ってしまう。
「…もう付き纏うなよ」
「マサちゃんが二階に住んでくれるなら、やめるわ」
「脅しか?」
「ひどいわね?」
正雄は返事をしなかった。友達といる時の楽しそうなハナをずっと見ていたかったのに、辛そうな顔をさせてしまって、その顔が離れなかった。ソノの腕を外して
「用事があるから」と言って、正雄は来た道を戻った。
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