第25話 初デート
デートの待ち合わせ場所に夕雨は急いだ。JRと私鉄の乗り替え駅はいつも人で混雑している。いつもはパーカーとジーンズというラフな格好だけれど、今日は初めてのデートだから、少しおしゃれをしてみた。オフホワイトのコットンワンピースに黄色いサマーニットのカーディガンを羽織る。いつもポニーテールにしている髪もハーフアップにしてみた。ショーウィンドに映る姿を確認しては見慣れない自分が恥ずかしくなる。
待ち合わせ場所にはすでに未嗣が待っていた。ボタンを二つ開けたタンガリーシャツと黒のボトムスだった。相当近づいたというのに、少しも気づかない。
「今日は」
夕雨から声をかけると、未嗣は目を大きく開けて、しばらく見つめるだけだった。
「あの…おかしいですか?」と一瞬で帰りたくなる。
「いや…。可愛くて。あ、いつも可愛いけど。今日は格好がさらに…。リボンはつけないの?」
「リボンですか?」
「その髪型に似合うと思うんだけど」
なぜだか未嗣はその髪にリボンが揺れているの方がいい気がした。別に妻がリボンをつけていた訳ではない。
「そうですか? リボンは持ってなくて…」
「あ、ごめん。気にしないで」
でもなぜか髪にリボンが揺れているのを見ていたような…。いつの記憶だろうと未嗣は首を傾げる。
「どこ行きますか?」
「手を繋ぎたい」と返事にならないことを言って、未嗣は夕雨の手を取った。
まだ何も言ってないのに、と夕雨は思ったけれど、手を繋がれたまま未嗣の横顔を見ると、心臓がうるさく動き始める。諦めて、そっぽを向くことにした。
「お昼…どこかで食べようか」
「…何か食べたいものがありますか?」
「…何でもいい? ゆっくり話ができるところがあるから」と言って、もう決まっているのか古い煉瓦作りのビルに入って行った。
入って、映画に出てきそうな鉄策のドアのエレベーターに乗る。最上階で降りて、さらに階段を上がった。屋上に出る階段で、テラスになっていた。
予約もされていて、すぐに席に案内される。夕雨はずっと手を引かれていて、そのまま人が座っている席の間をぬって移動した。
テラスの見晴らしのいい席に着くと、メニューを渡される。
「好きなもの頼んで」
洋食屋のようで、パスタやグラタンがある。
「先生は?」
「デートだから、先生って言うのやめて」と言って、メニューを見ずにオムレツを頼んだ。
「オムレツ?」と言って、メニューを見ると、中にひき肉と玉ねぎが入っているらしい。
「じゃあ、私も…」と言って、注文した。
しばらく無言だったので、夕雨も風景を眺める。高層ではないが、ビルの上なので風が強い。丘の上だったら、風景も綺麗だろうけれど、街中なので、向かいの何かの会社のビルが見えるだけだった。ちょうどランチタイムだったから、周りはOLが多い。チラチラと未嗣を見る女性もいた。丸いテーブルに向かい合って腰掛けた。
「…せ…三条さん」
「何? できれば…下の名前がいいんだけど」
「あ…それはちょっと…」
「どうして? 夕雨ちゃんって僕は呼んでるのに」
「それは…やっぱり私は年下だし…」
それを聞いて優しく笑った後「で、何?」と聞く。
「あの…奥さんのお墓参り…」
「あぁ…。もうすぐ六年だから…。挨拶してきた」
「そう…ですか」
「六年も前のことだなんて…ちょっと驚いたけどね。今回は君のこと、好きになったって、言っておきたくて」と言いながら、視線を外した。
「本気なんですか?」
「…本気なんだけど。それが困ったことにどうしてかは分からない。君のこと、何も知らないのに」
そう言われればそうだ、と夕雨も思った。でも夕雨も未嗣のことそんなに知らないのに好きだと思っている。これは前世の記憶のせいでそんな風に思うのだろうか、と首を傾けた。
未嗣は顔を横向けて、片手で顔を覆った。
「ずるい」
「え?」
言ってる意味が分からなくて聞き返した。
「真っ直ぐ顔、見れないから」
日差しが未嗣の肩に当たっている。
「あ…眩しいですか? 席、交換しましょうか?」と言って、腰を浮かす。
「そうじゃなくて」
座るように手の平で言われて、浮いた腰を元に戻す。
「やっぱり、席…移るね」と未嗣が言って、向かい合っていた席から、夕雨の隣の椅子に座り出した。
「え? どうして横に来るんですか」
「顔…可愛い顔が正面にあると、ご飯もまともに食べられないから」
そう言われると、今日はデートの装いだし、そう言われると居心地悪い気持ちになって俯いた。
「ごめん。…好きなんだ」
そんなことを言われると、ますます頰が熱く赤くなって夕雨は顔を上げられなくなった。しばらくして、オムレツが運ばれて来る。オムレツにサラダにご飯と味噌汁という不思議な組み合わせだった。ツヤツヤの卵に中に玉ねぎとひき肉が詰まっている。
「ほら、食べないの? 美味しいよ」と未嗣が言うので、夕雨も口に入れた。
「…オムレツっていうか…。卵焼きに近い感じですね」
「これ…。初めてここで食べたんだけど、好きなんだ」
「じゃあ。今度、作れるように頑張ってみます」
「ありがとう…。でも一緒に作ろうか」
外だから、風は通るが、日差しが眩しい季節だったので、未嗣のせいだけでなく、熱くなってくる。のぼせそうな気がして、もうすでに氷が溶けてしまっている水を飲んだ。
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