第23話 墓参りとデート
翌日、アルバイトに行くと、警察がバイト先にも来ると言うので、マスターも証言してくれることになった。
「迷惑かけて…」と夕雨が言うと、マスターが「いやいや、元々は…出前させてたから」と申し訳なさそうな顔をする。
小川さんもモーニングのテイクアウトを受け取りながら心配してくれた。どうやらあの男は会社の偉いさんの親戚だったそうで、色々会社も大変なことになりそうだ、と言った。
「潰れるかもなぁ」とぼんやり言って、そして店から出て行った。
「潰れたらいいのよ」と田村さんは面倒臭そうに言う。
夕雨は会社が潰れたら、マスターが困るんじゃないか、と思ったが口にはしなかった。警察が朝から会社に来ているせいか、出前の注文は入らなかった。違うところから注文が一つ、二つ入っただけで、のんびりとした朝だった。
「三条さん、来ないのかしら?」とエプロンを外しながら田村さんが言う。
「昼過ぎかもしれませんね」と夕雨は言ったが、その日は店に来なかった。
それからしばらくの間、連絡も来なかったし、店にも来なかった。
朝から雨が降っていて、暇な一日となる。急に雨が降り出したら、駆け込みで来る人もいるが、朝からの長雨だとお客さんは少なかった。
「そう言えば、三条さん来ないねぇ」とマスターが言う。
チケットはあと二枚ほど、残っている。
「何かあったのかな」
「…かな」と夕雨も呟いて、不安になる。
あの事件の日「おやすみなさい」と言ってから一度も会ってなかった。
仕事が忙しいのかも知れないと、夕雨は連絡しなかったけれど、忙しい時は忙しい時で、出前を頼んだりしてくれていた。夕雨の母に「お付き合いしたい」と言っておきながら、そのまま放置されているのも何だか釈然としなかった。とは言え、夕雨も気持ちが決まったわけではなかった。あの夢を見ていなかったら、喜んでお付き合いしていたかも知れない。始めは夢の中でものすごく好きだった人がいて…、その人に会いたいという気持ちが強くて、もしかしたら会えるかも、とふんわりした気持ちだった。
未嗣に会うと、何故か不思議な既視感があったり、自分以外の声が聞こえたり…、多分、それで未嗣があの夢の中でものすごく好きだった人だとは思うのだけれど、それ以来、あの夢を見ることはなかった。
前世で好きだったから未嗣のことが好きなんだろうか…と何度考えても分からなくなる。
「フレンチトースト…食べる?」
マスターに聞かれた。
「え?」
「美味しいから食べてみてよ」と言って、マスターは作り始めた。
最近、自分のコーヒーは練習がてらに作るようになった。自分でコーヒーを淹れていると、扉が開いて、未嗣が来た。
「おやおや、噂をすれば…っていうやつだね」とマスターが笑う。
「いらっしゃいませ」と慌てて、夕雨は手を止めた。
「だめだよ。コーヒー淹れてる時は手は止めない」とマスターに言われる。
「少々お待ちください」と言い直した。
未嗣はいつもの窓際でなく、そのままカウンターに来てマスターの前に座った。
「ホットモーニング、バタートーストで」と注文する。
「畏まりました」とマスターはそう言って、パンをトースターの中に入れた。
「元気だった?」と未嗣から声をかけてくれる。
「はい。お陰様で。三条さんは?」
「ちょっと、仕事で出てたのと、…奥さんのお墓参りと行ってたから」
「…そうですか」と言って、新しいサーバーを用意する。
「それ、夕雨ちゃんが淹れたコーヒー飲みたいな」
マスターも「いいよ」と言ってくれたので、それをカップに入れて出した。
一口、口に入れてから「美味しい」と言ってくれた。
軽い音がして、トーストが焼けたことを教えてくれる。夕雨はそれを取り出してバターを塗って、皿に乗せる。ゆで卵も添えて、未嗣に出した。
「ねぇ、夕雨ちゃん。今度、デートに行かない?」
「え?」
奥さんのお墓参りをした人に言われて、夕雨は驚いた。
マスターも驚いたようで「え?」と振り返っている。フライパンは十分熱されていて、そこに卵液に浸されたフレンチトーストが滑り込んだ。
「事務所通してくださいよ」と古典的な冗談をマスターが言う。
冗談かなと思って未嗣を見たが、頬杖ついて、こっちを見ている。
「デートって…何するんですか?」
「何するって…行きたいところ行ってもいいし」
「…行きたいところ」
そう言われても思いつくことは何もなかった。
「考えといてくれたらいいから。次のバイトの休みとかは?」
夕雨が黙っていると「明日、休みですよ」とマスターが答えた。
「予定なかったら…」
マスターがやけにニヤニヤ嬉しそうに笑うから、夕雨はとりあえず、頷いた。すると、頬杖していた未嗣がそのままカウンターに突っ伏した。
「あ、大丈夫ですか?」
「よかった。断られると思ったから」とカウンターに横顔をつけたまま微笑んだ。
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