第7話 記憶の唄
聞いたことある台詞だったので、調べてみると映画がヒットしたりしたが、全く関係なさそうだった。バイト帰りに三条さんのところに行っていいのだろうか、と躊躇ったが、せっかく買ってくれたものを受け取らないのも気が悪いかもしれないと、恐る恐る未嗣のマンションに向かった。
インターフォンを鳴らすと
「はい、どうぞ」と言われる。
(お肉もらって帰るだけ…だし、大丈夫かな)と少し緊張しながらエレベーターに乗る。
エレベーターから出ると、未嗣の部屋のドアが開かれているのが見えた。そのドアから直接声をかける。
「すみません」
「あ、待ってて」と慌てた声が聞こえて、バタバタ走る音がする。
しばらくすると肉を片手に未嗣が来た。
「ステーキってどれくらい焼いたらいいのかな?」
「え? 私も…わかりません」
「困ったな」と言って、未嗣はステーキを渡す。
「ありがとうございます」
「じゃあ」と言って、未嗣は扉を閉めかけようとした。
「あの…何か焦げ臭い」
「あ…ステーキ、火にかけたまま」と慌てて、戻っていった。
このまま帰っていいものかと思ったが、もしステーキを焦がしていたなら、この肉を食べてもらった方がいいかもしれないと思い、「大丈夫ですか?」とまた声をかけた。
「あぁ。…うん。ちょっと…入ってくれる? 扉開けたままでいいから」
そう言われて、夕雨は部屋の中に入った。そしてキッチンの前で落胆している未嗣を見た。フライパンにはひどく焦げた、でも生焼けの肉が入っている。
「焦げたところだけ切り落としましょうか」
「…そっか」
「少し小さくなりますけど。あ、この新しいの食べてください。私は小さいのでいいので」
「じゃあ…ここで食べていく?」
確かに中途半端に火入された肉を持って帰るのは気が引けた。
「…え? いいんですか?」
「肉焼いてくれたら」
「わかりました。でも私も…素人ですよ」と言って、スマホで検索した。
肉を焼くだけと言うのに、慎重に調べた通りの手順で焼く。値段を聞いていたから適当にはできない。
「赤ワインありますか? ソース作るのに必要いみたいで…」
「赤ワインはあるけど…。他に必要なものある?」
「バターとケチャップとソース」
「買ってくるから」と言って未嗣は出て行った。
未嗣が出て行ってから、いっそ市販のステーキソースをお願いした方が安かったし面倒臭くはなかった、と後悔した。
なんとかステーキを焼いて、お皿に乗せていると、未嗣が帰ってきた。フランスパンまで買って来ている。何だか本格的になりそうだったので、家に電話をして少し遅くなることと、晩御飯はいらないことを伝えた。
肉を焼いたフライパンにバターと赤ワインとソースとケチャップを入れる。塩胡椒で整えるとソースが出来上がると、書いていたので、その通りに作ってみた。
「どう? うまく行った?」
「多分。美味しいです」と言って、菜箸の先をぺろっと舐めた。
「じゃあ、頂こう」と言って、テーブルにステーキとパンが並んだ。
サラダもつけるべきだったかなと思ったが、未嗣は自分で赤ワインをグラスに注ぐ。
「君は飲める?」
「私はまだ未成年です」
「そうだったんだ。えらいねぇ。働いて」
「…私も英語が。…英語の勉強がしたくて。お金をためているところなんです。留学したくて」
「そうなんだね」と優しく微笑んでくれる。
「あ、そう言えば…命短しって映画のことですか?」
「映画?」
「大正時代の劇で使われた歌だよ」と言って、未嗣は検索して曲を流してくれた。
確かに雰囲気が大正浪漫のような曲だった。
「これを聞いてたら、ステーキというよりビフテキという言葉が似合うね」と未嗣が笑う。
「ビフテキ…」
曲を切ろうとする未嗣を夕雨は止めた。
「もう少しだけ…」
涙が溢れた。誰かと…この曲を歌ったような、声がもっと軽やかで…。朗らかに笑う声と、そして泣き声と。しばらく涙を流したまま動けなかった。
そんな夕雨に未嗣は何も言わずに静かに横を向いた。
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