暑い日に影堕つる
「佃煮にすると美味しいよ、脚をこうして、こう!すると飛べなくなるからさ。」
彼女はそう言ってイナゴの脚を躊躇いなく折った。
「知ってる?トンボって頭だけでも動くのよ!」
彼女はそう言って細長い腹部をちぎり、胸をちぎった。
彼女はいつも笑っていた。
「か、可哀想だよ。」
「ふふ、どこがよ。あなただって平気な顔でお魚や豚や鶏の肉を食べるでしょ?あれがどうやってお皿の上に乗るか知ってる?同じよ。」
彼女はそう言って私を見た。
頭の上から足先まで、ゆっくり視線を動かすと口角を上げ最後にこう言った。
「同じよ。」
その日は外で立っているだけで汗が滲んできた。
日光は肌を焼くように降り注いでいたのだ。
「あなたからはいつも甘い匂いがするね。」
彼女はすれ違いざまそう呟くと、太陽と反対側へ走って行った。
そして伸びる影の中に飛び込むように地平線の彼方に消えた。
消えたまま、二度と会う事はなかった。
イナゴが畦道を賑やかに横断する。
今年は不作の年だと、父が嘆き、母がため息をつく。
トンボが物干しの竿に止まる。
一、二、三…止まっては飛び、止まっては飛び。
私はトンボの目の前で指先をクルクルと回した。
それがどうしたと、トンボは飛び立つ。
風に煽られながら上へ、上へと逃げていく。
私は少しだけ安堵した。
そして絶対に捕まるなよと願った。
台所から甘い匂いがした。
母がグツグツと鍋で何かを煮ている。
私はギョッとした、煮られていたのはイナゴだった。
「美味しいのよ」そう言って母が微笑む。
私はただただ怖かった。
怖くてそのまま外に飛び出し、暑さにやられて足を失い…最後に頭だけになった。
「同じよ。」
彼女の笑顔が私を見下ろす。
同じなら、私は何に捕食されるのか。
+++ オワリ +++
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