後編
その数時間後。
「一晩かかりましたね……」
「まさかジェットババアが空を飛ぶとはな……」
「何と混ざったんじゃろうなあ……」
「きーん」
高速道路で車両にぶつかって事故を誘発する、高速ババア系怪異の対応で右往左往させられたため、局に戻って来る頃にはもう当直明けの朝になっていた。
「お疲れ様でした」
「うーい。おつ」
サクッと狐二宮が書いた報告書を提出し、出勤してきた局員と入れ替わりで帰宅した。
「……。まあ、起きてからでいいか……」
大あくびを連発しながら寮の廊下を歩く水卜は、流音の部屋の前で立ち止まると、私用携帯電話の時計を見つつ独りごちて通過した。
いろいろユウリに世話されてから水卜が就寝したその頃、
「ふふ……。かわいい……」
流音は笑みを浮かべて、膝の上で寝ている猫を虚ろな目で撫でていた。
*
昼下がりに目を覚ました水卜は、何も無ければ大体帰ってくる夕方まで待って、流音の携帯に電話をかけたが出ず、不審に思ってユウリを伴って部屋の前を訪れた。
「んー?」
だが、チャイムをいくら鳴らしてみても、全く流音からの反応が返ってこなかった。
「出かけてんのかな」
「かもーかも」
どうせ明日会えるだろうから、と考えた水卜は、メッセージアプリで翌日の昼休みに食事へ誘う文章を送って自室に帰った。
「……」
しかし、扉の向こうでは流音はベッドに伏せっていて、その上に先程より二回りほど大きくなった黒ブチ猫が香箱座りしていた。
その翌朝。
「は? 今日も休み?」
「うむ。今朝申請があったのだよ」
結局、流音からはなんの返答もないまま出勤時間を迎え、水卜が職場に訪れると流音の姿はなく、課長に訊ねると不可解そうな表情で首を捻ってそういう。
「あの真面目ちゃんが、んな雑なことすっか?」
「私もそれは思ったのであるが、規則上問題は無いのであるよ」
上司がプライベートに踏み込むのは憚られる、という理由で課長は水卜に流音の様子を見るように頼んだ。
「勤務時間内扱いにしておくのであるから安心しなさい」
「へいへいっと。頼まれ事が重なっちまった……」
「――後回しにするからじゃ。怠惰じゃのう」
「楠は人の事言えないでしょ」
「ぐえーッ!」
ため息と共に着席した水卜へ、楠がニヤッとしつつ小声で煽るような事を言い、すかさず出動する狐二宮に首根っこを雑に掴まれて連れて行かれた。
「なにがしてえんだアイツ……」
ジタバタとしている楠が連れて行かれる様子を見送ってから、水卜は流音の部屋へと再び向かった。
「おいコラー。病気でもねえのに2日も仕事休んでんじゃねえよー」
水卜はインターホンを押さず、ドアをやかましくノックして流音を大声で呼ぶ。
「これ以上無視すんなら勝手に入るぞー。嫌なら返事しろー」
それでも返事が無かったため、水卜は10から間延びしたカウントダウンを始め、
「ぜろー。よし、ユウリ中入って鍵あけてこい」
「おまカせー」
数え終わると同時に、暗黒色のもやになったユウリに隙間から侵入させて鍵を開けさせた。
「おい流音――」
「あぶなーイ!」
先陣を切って突入した水卜が、キッチンスペースから居間に入ろうとしたところで、ユウリが人の手だけを実体化させ彼女を引きよせた。
「のわっ」
すると前方へたなびいたネクタイが4つに切り裂かれ、はらはらと3片舞い落ちた。
「なんだあ?」
真っ暗な部屋の右側から大きな毛むくじゃらが飛び出して来て、体毛を逆立てながら水卜に向き合って威嚇する。
「オマえ、うまそウな霊力だナ」
「チッ。獣型の怪異――ッ!」
身を守るものがない水卜がじりっと後ろに下がると、重低音のうなり声を上げながら怪異が飛びかかってきた。
「骨の髄マでくわ――」
「ぱーンち!」
だが、ユウリが怪異体の腕を実体化させて、強烈なカウンターパンチを怪異の鼻っ面にたたき込んだ。
「ンぎゃーッ!」
怪異はやや高めの悲鳴を上げ、掃き出し窓を周りの壁ごと破壊しながら外へたたき出された。
「ありゃ猫又か……? じゃねえ流音ッ!」
一気に明るくなった部屋に突入した水卜が部屋を見回すと、先程怪異が飛び出して来た方向にあるベッドの横に流音がうつ伏せに倒れ込んでいた。
「死んではねえか……」
ユウリに流音をひっくり返させると、彼女は弱ってはいるがしっかりと呼吸をしていた。
「な……、なに……?」
「なにじゃねえよ! 心配させやがって!」
「あの子は……?」
「あ?」
「猫……。だいふくっていうの……」
「猫はいねえぞ? 猫又なら追っ払ったけどな」
な事より病院行くぞ、と、焦点が定まっていない目で、うわごとの様にそう言う流音を怪異体のユウリの右手に乗せ、自らも左手にのって衛生院病院へ搬送する。
流音は霊力をかなり吸い取られてはいたが、それ以外は何も異常は無く、医療部による補充治療を受けると話せるまでに回復した。
「だいふくってのは、噂になってた老猫のことか」
「ええ。冷え込みが酷いし、冬をこせそうな状態じゃなかったから保護したんだけれど、動物病院から帰ってから記憶が無くて……」
水卜からの聞き取りに対して流音は頭を押えながら、なにがなんだか、といった様子のしかめ面で首を傾げる。
「なんでまたんなことしてんだ」
「昔実家で飼おうとして、父以外に反対されて捨てるしかなかった猫に似ててね……」
「ほーん」
「あ、もしかしたらその子が猫又になって、私へ復讐に来たのかも……」
「いや、そりゃお門違いってやつだろ。捨てろっつったヤツならともかく」
「期待させるだけさせて裏切ったもの。同じよ」
「んな道理があってたまるか。お前は善意でやったってのによ」
申し訳なさげに俯く流音へ、ベッドサイドに立って腕組みする水卜はムスッとした顔で猫又への不満を漏らす。
「励ましてるのね。ありがと」
「そんなんじゃねえよ。被疑者にムカついてるだけだ」
とっ捕まえるぞ、と特に利益がないのに関わらず、珍しくやる気を見せる水卜はユウリを従えて捜査へ向かった。
「ユウリ、臭いとか覚えてるよな?」
「ばっちりー。捕まえてあるからいつでも確認できるよー」
「ちょおま、それ早く言えよ!」
現場の寮までやってきて、手始めに臭いで追跡を試みようとしたところで、すでにユウリがもやの中に取り込んで確保していた事が分かり、水卜はガクッと前のめりになった。
ややあって。
余計な妖力が吸い取られ、やや大きい猫ぐらいになった猫又は、話を聞くと流音の見立て通り、捨てるしかなかった猫が猫又に変異したものだった。
「本当に申し訳にゃい……。獣の時分で分からにゃかったとはいえ……」
「分かったならもう良いわよ」
「お前、そんなスラスラ人の言葉話せたのか……」
ケージに入れられた状態の猫又は、取調室にやってきた流音へ平謝りしていた。
「自白ありってことだな。じゃ、裁判院に送っぞ」
「しなくて良いわよ。私の使役霊にするから」
「いやお前、下手すりゃこの恩知らずに食われてたんだぞ」
「でもここまでこってり絞ったらもうしないでしょ。拾ったからにはちゃんと責任もつわよ」
にこやかな流音の言葉に水卜はそれ以上は何も言わず、彼女が式札を使って猫又と手早く契約する様子を壁際に寄りかかって見届けた。
「ところで」
「何? だいふく」
「〝だいふく〟っていう
「なんて呼ばれたいの?」
「ムラサメとか」
「可愛くないじゃない」
「格好いいのがいいのだ!」
「えー……」
しかし、最後の名前についての部分で
「じゃ、〝ふくまる〟っと」
「ひらがにゃでかかにゃいで欲しいのだが……」
間を取って猫又は〝
『怪取局』局員寮猫又事件 赤魂緋鯉 @Red_Soul031
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます