『怪取局』局員寮猫又事件

赤魂緋鯉

前編

「そういえば最近、猫が敷地内うろうろしているそうですね」


 当直で捜査1課に詰めている狐二宮こにみやは、後ろ隣の島の席についている、同じく水卜みうら・ユウリの2人へ、調書の打ち込み作業をしながら雑談の一環としてそんな話を始めた。


「猫ぐれえいるだろそりゃ」

「ねこいるー」

「あっ、はい……」


 ユウリにカップ麺を食べさせてもらっていた水卜から、まるっきり興味なさそうに返事され、狐二宮は口を閉じて俯いてしまった。


「お主ら、ちっとは話を膨らませる姿勢ぐらい見せたらどうじゃ」


 机の上に座りつつ哀しげな目をする狐二宮の頭を撫で、くすのきはそんな2人へ不満げに口を曲げて抗議する。


「おおよしよし」

「楠」

「うむ」

「そこに座らないで」

「のあーっ!」


 ゆっくりと手を動かして慰めていた楠だったが、狐二宮に払いのけられるように押されて机から落下しかけた。


「なにをするんじゃーっ」

「そもそも行儀悪いし、私が電話とれないでしょ」

「うむ……」


 後ろ手に机の端を掴んで抗議する楠に、狐二宮は眉間にしわを寄せてそう言って黙らせた。


 楠は大人しく降るとあぐらをかいて宙に浮き上がる。


「で、猫がなんだってんだ?」

「ああいえ、それが結構年寄りの猫だそうで、立哨の機動隊の方がこのところ冷え込んでるから可愛そうだなあ、と心配しているとか」

「まあ野良なら仕方ねえだろ。だいたい、可愛そうなんて思ってもなにもしねえ時点で所詮しよせん他人事ひとごとなんだよ」

「えらく辛辣じゃのう」

「人間なんてそんなもんだろ」

「そーなのー?」

「そうなの? 楠」

「いや、わらわに訊かれても」


 フン、と機嫌悪そうに鼻を鳴らす水卜の言葉に、誰も他の見解を言うことが出来ず、ユウリの疑問がただ流れていった。


「あの宇佐美本家の娘がおれば分かりそうじゃが、今日に限っておらんのか?」

「流音は有給だと。ったく、人が労働してんのにいい気なもんだぜ」

「労働者の権利ですから……」

「ちっ、面白くねえ事言いやがる。ユウリ、汁はやる」

「ほほーい。処理ー」


 面と具を食べきって、残った汁を紙カップごとユウリに分解させた水卜は、現在担当している事件の書類を暇潰しに眺める。


「それでですね、その猫が背中にハート模様がある黒ブチの子なんですが、やけに人懐こいとかで女性局員の間で人気なんですよ」

「知らねえな。ケモノの類いならコイツとそこの化け狐で間に合ってる」

「もけもけ」

「そ、そうですか……」

「本当にお主ら、盛り上げようという精神がないのう……」


 これ以上話しかけるな、と言わんばかりに水卜は椅子を回して机の方を向き、どっかりとそれに足を乗せて頭をユウリの手に預ける。


「しかし年寄りの猫のう。最近は長生きする様になったもんじゃから、数が増えていると聴くが」

「その割には調査課から話が回ってきてない気がするんだけど」

「人食いをする様な、気性の荒い個体のテリトリーまで人が住まわぬからのう。鹿なら腐るほどおるしの」

「なるほど」

「ふっふっふー。静よ、もっと褒めるが良いわ」

「わー、すごいすごい」

「なんじゃそのわらべに語りかけるような……」


 自慢げに腕を組んでドヤ顔をする楠へ、狐二宮がキーボードを打ちながらやや塩対応気味に褒めたため、楠は不満そうに表情をすこし歪める。


「やっほー。流音るね陽菜ひなちゃん」


 楠がその雑な扱いにぶつくさ言って狐二宮がそれを聞き流していると、入り口のドアがノックされてから開き、流音の叔母である宇佐美葵がひょっこり顔を覗かせた。


「ってあれ? 流音だけいないのね」

「宇佐美主任捜査官っ。お疲れさまですっ」

「ぐえっ」

「ああ、狐二宮さんそんな敬礼しなくていいですよ」


 葵を視界に捉えた瞬間、狐二宮が素早く立ち上がりつつ敬礼したため、彼女の斜め上にいた楠は顎を流音の肘にかち上げられてのけぞった。


「んあ? なんだ葵のねーちゃんか。有給でコイツが代理」

「そうなの。あ、差し入れ持ってきたんだけどいる?」

「その辺置いといてくれ」


 どっかり座ったまま、顔だけ向けて横柄な物言いをする水卜に気分を害する事も無く、葵は飲み物が入ったコンビニ袋を彼女の机に置いた。


「……?」

「階級が上なのにどうして、って感じですね。一応、彼女が成人するまでは私が後見人だったんです」

「まあ身内みてえなもんだな」

「だなー」

「2人は相変わらずべったりね」

「まあな」

「なかよしーだもーん」


 水卜を包むように抱きしめたユウリが、彼女の短い金髪に頬ずりし、仲の良さをしっかりアピールする。


「それにしても、あの子が仕事を優先しないなんて、どこか具合でも悪いのかな?」

「それはねえな。昨日はそんな様子微塵もなかったぜ」

「でもあの子、そういう弱みをよく隠すでしょう?」

「いやいや、割とすぐ言うぞアイツ」


 流音の席をチラリと見やりつつ、心配そうに顔を少ししかめる葵の言葉に、水卜はピンと来ていない様子で手を払うように小さく振って否定する。


「――そう。やっとあの子にもそういう相手が出来たのね」


 そのぱっちりとした目を少し見開き、葵はすぐに穏やかな笑みを浮かべて小さく頷いた。


「葵のねーちゃんには言わねえのか」

「まあ、私が変化できるせいで結構肩身が狭い思いをしてきたから、言いづらいのかも」

「ほー、酒送りつけてくるオヤジさん以外にはそんななのか」

「あの人は珍しくそういうの気にしない人だから」


 その話はともかく、と心苦しそうな顔で言った葵は、


「まあ何にも無いかもしれないけど、一応気にかけてあげてね。じゃあ私はこれで」

「おう」


 小さく頭を下げて水卜にお願いしつつ退室した。


「しゃーねーな。当直終わったら部屋覗いてやっか」

「……自分とユウリ殿以どうでも良さげなお主も他人を気にかけるんじゃの」

「喧嘩売ってんのかこの毛玉」

「たまー」

「楠。謝って」

「……ぬう。すまぬ」


 渋々、といった様子の水卜を冷やかす様な事を言い、狐二宮に冷え切った視線と言葉を向けられた楠は、シュンと耳を垂らして頭を下げた。


 すると、そのタイミングで出動の入電があり、


「げー、捜一かよ。行くぞー」

「おいさー。上着ー」

「あっはい!」


 水卜たちに出動要請が通達され、そろいの黒いジャケットを羽織って臨場していった。

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