40話 戦いの果てに

「なぁ天斗あまと。お前は良い人間だ、もうこの裏社会せかいとは関わるな」


「それは嘘ですね。人を○す事を企てた奴が良い人間である筈が無い……人間ヒトは変われませんよ」


 天斗は、俺の目を真っ直ぐに見つめた。


「そうか、そうだな。でもな……


 人間ヒトは変れないが、は変えられる。


 俺も只のクズだ。過去の精算は一生出来ない。けど、俺はひかりに出会い教えて貰ったのさ……生き方は変えることが出来る、誰にだって幸せになる権利があると」


 15歳の少年にこんな事を話すのはみっともなかったが、俺は素直な気持ちを天斗に伝えたかった。


 天斗には表の世界で暮らして欲しい……

 それが一番いい、やり直しだってきく。


 天斗はまだ足元がおぼつかないが、ゆっくりと立ち上がった。


「ひかりちゃんが優しいのは、嶋田さんに似たからなのですね」


 そう言って微笑んだ。


「嶋田さん、今改めて考えたのですが、僕はもう……父の復讐なんてどうでもいい、ただ国民を救いたい。それだけです」


 天斗の意思は固かった。

 もう、力ずくで止めるしかない……。


 こんなに正義感を持った少年など他にはいない。

 ただ、致命的だったのはそのだ。


 天斗の近くに頼れる大人がいて、助言を与えてやっていたら、きっと日本を救う本物の勇者になれたに違いない。


 暗殺者おれたちのような汚れた人間にならずに済んだに違いない。


 その証拠に暗殺者おれ説得言うことには応じなかった。


 天斗は、決してけがれているのでは無いのだ。


 助けたい……天斗の未来を創ってあげたい……


 おこがましいとは理解わかっているが、俺の心がそう呟いた。


 どうする?……どうしたらいい?

 天斗の代わりに俺が首相と総理官房をヤるか?

 しかし、そんな事をしたらひかりやソダム、目黒さんに迷惑がかかる……。


 俺には何も出来ないのか?


 誰も救えないのか?


 俺は頭の中で、このクソみたいな葛藤を何度も何度も繰り返していた。


「嶋田さん……」


 天斗は、俯いて動けなくなった俺に声を掛けた。


「きっと、僕のことを考えてくれているんですね?本当にありがとうございます」


 天斗は、頭が混乱し躊躇ちゅうちょや戸惑いが見て取れる隙だらけの俺に、迷わずトドメを差した。

 まるで床を滑るように俺の間合いに入ると、足をナイフで切りつけた。

 追いかけて来れない程度に、そして致命傷にならない程度に。


「僕の逆転勝利ですね」


 そう言って微笑んだ天斗の目には、光るものが見えた。


「天斗っ!やめろ、行くな!」


 俺の叫びは虚しく、救いようのないものとなった。


 天斗は風のごとく走り、羽が生えたようにステージ上へ舞い降りた。


 そして……


 総理の決まりきったくだらない演説用のペーパーを、卓上ごと踏み台にして高く飛び上がった。


 胸の前でクロスさせた両手には、ギラギラと光る2本のナイフ……


 天斗は、見せたことの無い険しい表情で、沖田首相と木村総理官房に向かい急降下した。


 そして、二人を切りつける直前……


 天斗は、横っ腹に軽い衝撃を受けた。


 しかし、思ったよりも衝撃は強く、天斗は呆気なく床に転がされた。


 その隙に、SP達は首相達を取り囲みガードした。


 天斗は、身体にしがみつく小さくて温かな、そしてけがれのない天使が目に入った。


 顔を上げ、天斗に視線を合わせたその天使は、目に涙を溜めて叫んだ。



「さとおぉあまとぉぉお!絶交ぜっこぉしちゃうぞぉ!!」



 天斗は、全身の力が抜けた。


 手にしたナイフすら重さを感じて、床へ落とした。


 そして泣いた……


 まるで迷子になった子供のように……


 心で助けを求めるように……


 大声で泣いた。


 天使……ひかりは、誰も止めることの出来なかった天斗を、たったひと言で止めたのだ。



 泣き止むコトの出来ない天斗を、ひかりはそっと抱き締めた。


「待ってるからね……」


 ひかりは耳元で小さくささやいた。


 天斗は大きく首を縦に降り、それに答えた。




 ホールの外は警察車両や救急車で埋め尽くされていた。


 天斗は駆けつけた警官達におとなしく連行されていった。


 俺たちは民衆に紛れ、美冬さんの待つ駐車場へ向かった。


 美冬さんは心配そうな顔をして、車の外で待っていた。


 戻ったのは、夏井、ひかり、俺……3名だけ


 美冬さんは一瞬表情が崩れかけたが、気丈に振る舞い俺たちを乗せ車を走らせた。


 車内のラジオで速報が入った。


 宗教法人『国造りの神道』の代表が、4人の信者に暗殺されたと……。


 俺たちは、誰ひとり口を開くことは無かった。



 そして、うみねこホールで起きた『首相、総理官房暗殺未遂事件』は報道される事は無かった。

 映像も音声もない、それに報道規制もかかったのだろう。

 勿論、その場にいた国民から噂は流れたが、政府は消して声明を出すことは無かった。



 嶋田暁おれは最後のミッションが終わり、警視庁のシークレット特殊暗部隊『ONMITUおんみつ』から引退した。


 その瞬間、俺は武村恭二たけむらきょうじに戻れた。

 ただの農夫に戻れたのだ。


 無事に帰り着いた時には、目黒さんもソダムもひかりを抱きしめて大泣きした。

 逆に俺は酷く怒られた……。

 監督不行届ってヤツだ。


 その日から平和な暮らしが戻った。

 毎日のように目黒さんは家を訪れ、夕食を共にした。


 ソダムは、長い間諦めずに俺を探し続けてくれた。

 今はその恩返しと言うわけでも無いが、出来る限りいつも隣にいる。

(たまにヤキモチを妬いたひかりが割り込んで来るが……)


 それから、これは最も重要なコト……俺はひかりに頭を下げ、あと半年は一緒にお風呂に入って貰える約束を勝ち取った。


 幸せだ。


 但し、ひかりのお団子頭は相変わらず苦手なので、今はソダムがやってくれている。


 二人は、ゴスペルサークルも続けており、仲良く通っている。


 目黒さんと俺は、裏社会とスッパリと縁が切れ、もはやただのお爺ちゃんとおじさんだ。

 もうナイフを使うのは果物の皮を剥く時くらいだ。


 こうして俺たち4人は春夏秋冬、いつ何時なんどきも一緒に暮らした。


 俺は、ひかりのお陰でこの幸せを手に入れた。



 正に俺にとってまばゆい光だ。


 この先もずっと……


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 3月の半ば……


 寒さが和らいできた頃、俺たちは都心にある空港にいた。



















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