32話 作戦会議


「おとり……よく言えばスパイってとこだね」


 じゃが○こを食べながらノートパソコンを弄る春樹ハルキがポツリと呟いた。


「なっ!ちょっと待て、それはどういう意味だ?」


 嶋田暁おれはハルキに詰め寄った。


「は?娘さんもメンバー入りしたんだろ?やれる事を言ったまでだよ」


 目も合わせず、パソコンの画面を見ながら答えたハルキの胸ぐらを掴んだ。


「娘は……ひかりはメンバー入りしたワケじゃない!恐ろしい事を簡単に口にするな」


「ちょっと、離してよ!少なくとも嶋田あんたより娘さんの方が役に立ちそうだよ?」


 俺は掴んだ胸ぐらを強く引っ張った。

 ボタンが弾け飛び、ハルキは初めて俺と視線を合わせた。


「うっ……ちょっとやめてよ!僕は暴力要員じゃ無いんだ、それにメンバー同士の暴力はルール違反だぞ」


 夏井なつい焼けた太い腕が、俺の手を掴んだ。


「止めとけ、ハルキの言う通りだ。それと娘さんを巻き込みたく無いなら一刻も早く帰すことだな」


 正論だった。

 不覚だ、ひかりに気づくこと無く連れて来てしまった責任は俺にある。

 俺はハルキから手を離し、謝罪した。


「ねぇねぇハルキ君、って何?ひかりもメンバーに入ったからお仕事出来るよ」


 ひかりはとんでもない事を口にしながらハルキの元へやって来た。


「えっ?……お、おとりと言うかスパイかな。敵の中に潜り込んで色々と情報を得るんだ」


 ハルキはひかりの質問にストレートに答えた。


「わぁスゴイ!ひかりスパイになる!」


 ひかりは目を輝かせた。


「もう一度言う、ひかりは帰りなさい」


 俺は真剣な眼差しで静かに命じた。


「むっ……パパが悪いんでしょ。お約束破るから。ひかりはスパイになる」


「そうね。気持ちは分かるけど、ひかりちゃんの言う通りだわ」


「男に二言はねぇんだよ。それにおチビは優秀だ」


 美冬みふゆと秋山にも正論を吐かれた。

 八方塞がりとはこう言う事だ。(まあ、自業自得だが……)



「さて、改めてだがこのミッションは秋山おれが仕切る。よろしく頼む」


 全員席に着くと作戦会議が始まった。


「あ、ひかりちゃんお菓子食べる?」


「うん!ありがとう」


「おいっ!ハルキ、おチビ、遊びじゃねぇんだよ!」


 美冬と夏井はクスクスと笑った。


「えー、まず今回は起きた首相の暗殺を企てる少数過激派を始末すること。これが俺たちのミッションだ。その過激派は、窓から見える宗教法人『国造りの神道』の一部の人間……勝又長官の情報によると、首謀者は教団の代表では無いらしい。むしろ、この暗殺計画すら分かっていないそうだ」


「代表では無い……。って事はいつもの様に上から潰すだけの簡単なお仕事ってワケじゃ無いのね」


 美冬は長い髪を指に絡め口を尖らせた。


「ん?……ちょっと待て、今回の任務に何故俺が呼ばれた?凶器が爆発物だと分かっているのか?」


 夏井は太い腕を組んで首を傾げた。


「いや、分からないからだ。銃やナイフなら嶋田と秋山おれで対処可能だが、爆発物となると専門家が必要だからな」


「じゃあ、夏井さんは今回の任務で要らないかもだね」


 ハルキはお菓子を食べながらケラケラッと笑った。


 夏井はハルキに向かって犬が威嚇するマネをしてみせた。

 二人は任務が被る事が多く、仲の良い兄弟のような存在なのだ。


「って事は、入信者を装って中から首謀者を探すしか無い。長期戦になりそうだな」


 俺は気が焦っていた。

 早く任務を終わらせ、静かに暮らしたい。

 ひかりに普通の生活をさせてやりたい。


 しかし、無情なことにこの任務でひかりは最重要人物になってしまうのであった。


「嶋田パパの言う通りだ。入信して内偵して貰う。その役は……おチビちゃんだ。申し訳無いが、弱視の子どもをスパイと考える奴はいない。万が一いたとしても、ソイツは逆にバカだと笑われるだろう」


 俺は冷静さを瞬時に失い、秋山に掴みかかった。


「おいっ!自分で何を言ってるか分かってんのかアンタ!」


 秋山も俺の胸ぐらを掴み返してきた。


「自分の娘も手に負えないオヤジが偉そうにモノ言ってんじゃねぇよ!お前は輪を乱す、チームには向かねぇ!帰れっ!」


 今にも殴りかかってきそうな勢いだが、流石はリーダー……ルール違反は絶対にしない。


 俺は手を離した。

 秋山の言う通りだ。ひかりの事を守ると言いながら、こんな危険な場所へ結果的に連れて来てしまったのだ。

 なんて情けない親父だ。


「皆、すまない。リーダーの言う通りだ、輪を乱して悪かった」


 俺が今 出来ることは素直に謝罪する事だけ。


「ひかり、ごめんな、パパのせいでこんな事に……」


「ねぇ、パパ。をつけるんでしょ?パパはこのお仕事を成功させる、ひかりはパパと無事に帰る、これが我々の任務なのだよ」


 ひかりは強い。

 俺は助けられてばかりな気がする。


「さあ、リーダー!作戦会議を続けようぜ」


 ひかりは何故かドヤ顔で席に着いた。


「悪いがおチビには先陣を切って貰う。但し、ひとりでと言うワケでは無い。ハルキ、を見せてくれ」


「もう持ってきてるよ」


 ハルキはお菓子を食べる手を止めない。


 そしてテーブルの上に、『てんとう虫』のようなモノを置いた。


「おいっ、お菓子のカスついてんじゃねぇか!全く……。まあいい、説明してくれ」


「OK!これは僕が作った超小型ドローンだ。性能は静音、そして画像と音声をパソコンに転送し時差無く映せる。まだ改良中だけど、いずれ録画が出来るようにしたい」


 これには驚かされた。

 これほど小さく、音がしないとなると、まず気付かれる事は無いだろう。


「えっ!ハルキ君、ちょっと触らせて」


 ひかりは目を輝かせて、を手に取り形や質感などを頭に入れた。


「ひかりはてんとう虫くんと潜入すればいいんだね?!うはっ、テンション上がってきたよ」


 ひかりは足をバタつかせて喜んだ。

 まるで遠足にでも行くかのように……。


「てんとう虫は春樹ぼくがパソコンで操作する。見つからないようにひかりちゃんの近くにいるよ」


 ハルキはお菓子で汚れた手でズレた眼鏡を直した。












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