31話 メンバー


 古びた団地の二号棟403号室


 ドアノブを回すとギィッという耳障りな音……

(なるほど、これが鍵を掛けなくても大丈夫なワケか。誰かが侵入して来たら一発で分かる)


 薄暗く狭い廊下の左側には、洗面所、風呂トイレの入口。


 正面からは日差しが差し込み、思わず目を細める。


 そして感じる複数人の気配……


 短い廊下を突っ切ると右側に狭い台所、そして左側はひらけた16畳程のリビング……


 中心には広めのキャンプ用テーブルにイスが5脚。


 女がひとり、男が3人。


 これが現在いまの警視庁のシークレット特殊暗部隊『ONMITUおんみつ』のメンバーって事か。

 知った顔はいない。


 とは言っても、この任務を遂行する選ばれた有能な4人なのだろう。

 

「よう、待ってたぜ!俺は秋山あきやまだ。ONMITUイチのスナイパーだ。よろしく頼む」


 背の高い細身の青年が立ち上がり、笑顔で手を挙げた。

 人懐っこいタイプか……まあ油断はしないが。


「俺は嶋田暁しまだあかつき、数年前に所属していたが、久しぶりの任務だ。よろしく頼む」


「俺は夏井なつい、元機動隊の爆発物処理班だ」


 コイツは筋肉隆々で焼けた肌、こう見えて繊細な仕事をするのだろう。


「僕は春樹ハルキ。情報担当だ」


 ノートパソコンの画面から目を離さずに挨拶をしてきた若者。おそらく十代だろう。

 ココにいると言うことはかなり優秀な若者って事か。


春樹お前は引きこもりニート豚だろ」


 秋山が茶化すと、春樹は人差し指で眼鏡を直し舌打ちをした。


 そして、たけの短いタイトなスカートで色気を振り撒く女……


「私は美冬みふゆ、ドライバーよ。逃がし屋けん運び屋ってとこね。よろしく」


 これで全員……



「わたしは武村ひかり。嶋田暁の娘だ。よろしく頼もう」


 !!


 廊下から顔を出した少女に全員が銃口を向けた。


「ま、待ってくれ!」


 俺は両手を開き、発砲しないよう合図した。


 夢か幻か?


 俺は、狐に包まれたような感覚に陥った。


「おいおい、なんだそののは?気配が全く無かったぞ!」


 秋山は拳銃を下げないままひたいから汗を流していた。


 他のメンバー3人も動揺している様子だ。


 まるで突然そこに現れたように感じた……俺さえも……だ。


「ま、待ってくれ!俺の娘なんだ!」


「こんな所に娘を連れてくるとは感心しねぇな」


 夏井の太い二の腕がピクリと動いた。



「連れてくるワケないだろ!てか、ひかり!何故ここにいる?どうやって来たんだ?」


「どうやってって……パパが警察屋さんと喫茶店に入った時に車のトランクに隠れた」


(そ、そんな……何時間も気配を殺していたって事か?!)


「おい、おチビちゃん。何故気配を消せる?その感じだとパパに習ったワケではあるまい」


 秋山はまだ警戒を解かない。


「え??何ソレ?」


「な、なんだと!」


「秋山君、どうやらこの子はがあるようね」


 美冬はそう言うと拳銃を下ろした。


「ひかり!わかってるだろ?!パパは危険な仕事なんだ、ソダムを呼ぶから家に帰りなさい!」


 俺は余りの動揺にひかりを怒鳴りつけた。


「ヤダ!だいたいパパがお約束破ったじゃないのさ!ひかりをもう独りにしないって言ったじゃないのさ!」


 ひかりはひるむことなく正論を返してきた。


 思わず俺は口ごもった。


「パパが一緒に帰るまで離れないかんね!」


 ひかりは頬っぺたを膨らませ、顔を真っ赤にした。


「何なんだ、この親子劇は?嶋田さんよ、俺らを舐めてんの?!」


 秋山は俺を睨みつけた。

 そりゃ当然だ。


 俺は頭を下げ謝罪した。


「ひかり、頼むから帰……」


「ヤダったらヤダ!」


 ひかりはひかりで本気だった。

 独りになりたくない……これはひかりの心の声なんだ。


「ん?!嬢ちゃん、もしかして目が……?」


 夏井がひかりの弱視に気づいた。


「そうだよ、でもひかりは強いもん」


「おいっ、おチビ!いい加減にしろ!お前に何が出来る?ハッキリ言って邪魔だ!」


 秋山がついにキレた。


「くぅ〜……ひどい大人ね!邪魔って何よ?もしかして?!」


 ひかりは、したり顔で口角を上げた。


「そ、そうじゃねぇ!」


 一瞬たじろいた秋山を見て、美冬がクスリッと笑った。


「そこまで言うなら俺が試験してやる!嶋田さんよ、そこを退け!」


 秋山はひかりを試すようだ。

 若干の心配はあるが、ひかりにはこの年齢では有り得ない経験値と天性の能力がある。

 俺は無言でひかりの前から退いた。


「おチビ、林檎リンゴは好きか?」


「うん、大好きだよ。くれるの?」


「そうか、じゃあ渡すから受け取れ……」


 秋山はテーブルの上のかごに入っていた林檎を、ひかりに向けて強めに投げつけた。


 ひかりは林檎ソレ難無なんなく受け止めた。


「ありがとう、おじさん」


 ひかりはニヤリと歯を輝かせ、林檎にかぶりついた。


「くっ……一体どうなってんだ?」


 秋山をはじめとするメンバー全員が無言になっていた。


「お爺ちゃんとたまにキャッチボールしてるんだ。これくらい取れるよ」


「なるほど……目をおぎなう為に、他の器官が異常に発達しているってコトかしら」


 美冬はこの時点でひかりを


 秋山はひかりの目の前まで歩を進めた。


「おい、おチビ。俺がか?」


「うん、だいたいわかるよ」


 ひかりは口の中を林檎でいっぱいにしながら答えた。


「んとね、おじさんは身長180以上、左利き、お鼻が高いけど何かアレルギーを持ってる」


 ひかりは迷いなく言い切った。

 またしてもメンバー全員を驚かせた。

 何故なら、アレルギーの事以外は一目瞭然だから……。


「……何故そう思った?」


 秋山は驚きを隠せないまま、探るように尋ねた。


「身長が高いのは低音と声が聞こえる位置、利き手は林檎を投げた時の軌道、お鼻が高いのは鼻呼吸の量、アレルギーは鼻息にかすかなピーッという音と鼻水を少しすすくせ。どう?当たった?」



「全て正解だ……おチビの勝ちだ。だがしかし、俺はまだ25歳だ。おじさんじゃねぇ」


「25……?おじさんじゃん」


 美冬は肩をすくめて、またクスリッと笑った。









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