28話 訪問者

 Даниилダニール秋山の死から二週間が経った。


 俺は、チョン・ソダムと同棲する事になり、彼女のアパートの引き払いや、ウチへの引越しでせわしい毎日を過ごしていた。


 ひかりはソダムと暮らせる事に胸が高鳴り、喜びに満ち溢れていた。

 汗まみれで楽しそうにお手伝いをしてくれる。



 引越し作業が一段落着いて、やっと3人が暮らしていける状態になった。

 小さくて狭い古民家だが、3人で暮らすには充分だった。……まあ、ギリギリとも言うが。


「いよいよ明日だね」


 夕食時、ひかりが目を輝かせている。

 病院で十分に静養した目黒さんが帰って来るのだ。

 ひかりにとって大切なが戻って来たら元の暮らしに……また、ソダムにとって新しい暮らしになるのだ。


 翌日、3人で最寄りの駅まで迎えに行った。

 時間通りに電車が到着した。


 この田舎駅に下車した人々がまばらに改札口から出て来る。

 ほとんどの人々が過ぎ去った後、ゆっくりと歩を進める目黒さんが現れた。


 ひかりは匂い、気配、雰囲気で目黒さんが来たのを察知した。


 改札口を出て直ぐに、ひかりは目黒さんに飛びついた。


「お爺ちゃん、おかえり」


「ただいま、ひかりちゃん」


 目黒さんは温かい笑みで、ひかりを強く抱きしめた。



 その日の夕食はウチで鍋を囲む事にした。

 目黒さんの快気祝いだ。


 キンキンに冷えたビールで乾杯した。


「くぅー、最高じゃの!」


 目黒さんのこの言葉は、ビールの事だけでは無い。こうして皆が待っていてくれた事、ひかりにまた会えた事の歓喜の声だった。


 この日はひかりも夜遅くまで起きて、目黒さんの膝の上で過ごした。



 翌日の夕方、聖歌隊のサークルから帰ってきた二人。

 ひかりは真っ青な顔、ソダムは苦笑いを浮かべていた。


「おかえり……えっと、どうした?ひかり」


 武村恭二おれは探るようにひかりに尋ねた。


 すると深いため息をつくひかり……


「パパ、残念なお知らせだよ。今日サークルのお友達に聞いたんだけど……」


 俺は固唾かたずを呑んでひかりを見つめた。


「娘と父親はんだって……」


(つ、遂に知ってしまったのか……!)


 俺はソダムと目を合わせて苦笑いをした。


「だから……貴方とは別れるわ」


「ちょっ、ちょっと待て!そんな言葉どこで覚えた?」


 恥ずかしいが、俺は少し動揺した。

 それを見たソダムは口元に手を当てがいクスクスと笑う。


「パパ……今日からお風呂も一緒に入らないし、パパのお布団にも潜り込まないわ」


 がぁ──────んっ!


「そ、そんな……お風呂まで別にすることないだろ?!」


 俺は本気で震え上がった。


「ダメよ……諦めて、パパ。今日からはソダムちゃんと入るわ」


 完全に捨てられた俺は、トボトボと裏の畑へ戻り、仕事の続きを始めた。



 その夜


 俺は、目黒さんをウチへ呼び出し、自分の決心を告白した。


「目黒さんは勿論、ひかりも気づいているだろうけど、ソダムと俺は婚約者だったんだ。俺の記憶が戻りソダムが俺を探してくれて……照れくさいけど運命ってヤツなのかな?!と思った」


 ひかりはソワソワしながら俺の話に耳を傾けている。


「それで、ソダムと相談して決めました。俺たち結婚します。と、言っても籍を入れるだけで式を挙げるとかでは無いのだけど……」


 俺はソーっとひかりの反応を確かめた。

 ひかりは俯いて動かない……

 流石さすがにショックだったか……



「それってソダムちゃんがひかりのママになるって事でしょ?!ヤッタァー!!」


 ひかりは満面の笑みでソダムに抱きついた。


「ひかり嬉しい!パパだけでなく、ママも出来たぁ!」


 ソダムの胸に顔を埋め、暫くくっついて離れなかった。

 ひかりは大好きなソダムが自分の母親になる事が嬉しくて仕方がなかった。


 目黒さんも笑顔で祝福してくれた。


「のう、ひかりちゃんもおめでとう。良かったのう」


「うん!ありがとう、お爺ちゃん」


 その日から、ソダムと俺の薬指にはあの日買った、あの日誓ったが光り輝いていた。



 翌日、役所で籍を入れてケーキを買い帰宅した。

 その後はいつも通り、裏の畑で農作業。

 まだ完璧とは言えない俺の仕事を、目黒さんに見て頂きながら作業していた。

 その頃、ひかりとソダムは家で夕食を作っていた。



 そして、その者は訪れた。


「すみませーん、武村さん。ご在宅でしょうか?」


 ウチにはインターホンが無い。

 玄関前から掛け声が聞こえた。


「あら珍しい、お客様ね。はーい、ただ今……ひかりちゃん出てくれる?私、お料理で手が離せないから」


「うん!分かった」


 ひかりは台所から小走りで玄関口まで行くと、土間へ降り俺のサンダルでパタパタと歩を進め玄関を開けた。


「どちら様ですか?」


「こんにちは。もしかしてひかりちゃんかな?」


「はい、そうです」


(身長はパパくらい、声や匂いからするとおじさんだ。悪い感じはしないな……)


「お父さんはご在宅かな?」


「はい、家の裏で畑仕事をしてます……」


「そうですか、もし良かったら案内して貰えないかな?」


「いいよ。ママー!お客さんを畑に案内してくる」


 ひかりは台所にいるソダムに声を掛けると、中年の男を畑に案内した。


「おーい、パパァ!お客さんだよぉ!」


 畑の外れの方へ居る俺をひかりが呼び出した。


「はーい!今行くよ」


(お客?珍しいな……てか、俺のことを知っている?ここで暮らしている事も?)


 俺は目黒さんと目を合わせた。

 遠目に見ると中年男性……誰だ?

 俺と目黒さんは首に掛けたタオルで汗を拭うと、男性の元へと向かった。


 近づくにつれ、男性の姿が鮮明に見えてきた。


 !!!


「か、勝又……さん?!」


「久しいな、嶋田……いや、今は武村さんか」



 ジリジリと照りつける太陽や、耳をつんざく蝉の声が届かなくなるほど、俺は動揺していた。














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